第14章 《エルヴィン》 拠り所
「君には驚かされてばかりだな」
エルヴィンは顔を上げた。頭上には途方もなく高い青空が広がっていた。たとえ鳥になって飛べたとしても届かないくらい、高い高い、秋の空。
「団長!そろそろ招集を!」
「あぁ、今行く」
エルヴィンは最後に触れた。青い絨毯の上に横たわる彼女に。腕章が残されていたおかげでこの右腕が彼女だと分かった。
壁外の空が好きだと言っていた彼女は遺体の持ち帰りを強く拒んでいた。狭苦しい壁の中よりも、自由な空の下で眠りたいと。
彼女の下に咲き誇るのは青紫の花。エルヴィンがよく見知った花で、彼女を囲むように咲いていたのを見て驚いた。単なる偶然とは思えない。エルヴィンは朽ちた花を二、三捥ると胸ポケットへ大切にしまった。
*
彼女——エマは少し変わった部下だった。入団二年目で役職も持たなければほぼ接点もない。しかし時々団長室へやってくるのだ。
理由は様々。お手伝いできることはありませんかと尋ねてくることもあるし、かと思えば唐突に手作りの菓子を持ってきたり、クリスマスにリースを作ってきて飾ったり、休暇を使って遠出した時は、「新鮮な山の空気をどうぞ」と空き瓶を貰ったこともある。
呼び出しでもない限り一般兵が団長室を訪ねることはほとんどない。ここには近寄り難いと思っている者が大半だろう。
それなのにエマは臆することなく来るし、理由が一風変わっているのも相まってとにかく兵団の間では変わり者として有名だった。
一度リヴァイに、「迷惑なら部屋に入れなきゃいいだろうが」と言われたことがある。だがエルヴィンは曖昧な態度をとった。迷惑かと聞かれたら、別にそうでも無かった。
エマの恋情には割とすぐに気がついた。そして自身の想いにも。
突拍子もないエマの言動は驚きから喜びへと変わり、笑顔を見ただけで疲れは吹き飛んだ。次はどんなサプライズがあるのだろうと待ち遠しく思うようになった。
エマの訪問は、エルヴィンの心を穏やかにするひと時となっていったのだ。