第12章 《エルヴィン・リヴァイ》 “アイシテル” ※
抜いた牙の先端から鮮血が滴り、エマの胸元を汚した。
首筋にも紅が滲む。傷はだいぶ深い。エルヴィンはそれらも綺麗に舐めとった。
「エマ……」
名を呼んでも返事はない。それどころか少しの反応さえも。
固く閉じられた瞼に、紫色をした唇、死人のように青白くなった素肌。
ペニスを抜くと、二人の体液が混ざりあったものが次々溢れ出す。
エルヴィンはそれをしばらく眺めたあと視線を上げ、白い顔を見つめた。
その頬には無数の涙の跡。温度のない唇を指先でなぞり、慈しむようなキスをする。
微かに鼻を掠める血の匂いだけで、身体を充たす全ての体液が沸き立つような昂りを感じ、その瞬間にエルヴィンはようやく気がついたのだった。
「…は、ははっ」
離れられないのは自分だ……
そう、沼へ墜落したのはエマではなく自分。
自分がエマを壊したのではなく、エマに自分が壊されたのだ。
エルヴィンはクククと肩を揺すって、笑いが止まらなかった。
なんだ………簡単なことじゃないか。
離れられないのならば、離さなければいい。
彼女の血もからだも、魂さえも奪い取って、自分だけのものにしてしまえばいいのだ。
「永遠(とわ)に、共に生きると誓おう。エマ」
エルヴィンは横たわる彼女の頬に張りついた髪を丁寧に剥がし、まるで永遠の愛を誓う儀式の時のような台詞を囁く。
そして血の気のない唇に、天使の羽のように柔らかく、やさしいキスを落とした。
それはエマが一生をかけても果たせることのない、悪魔の契り。
見えない鎖で四肢を繋がれ、自分の意思で解くことなど不可能。
身も心もすべて掌握され、男の欲しいままに求められるだけの存在へと成り果てる。
次に目を覚ました時に目の当たりにするのは、天国か地獄か。
今、男がどんな表情を浮かべているのかなど露知らず、深い眠りに堕ちたエマは、とても穏やかな顔をしていた。
fin.