第12章 《エルヴィン・リヴァイ》 “アイシテル” ※
リヴァイが一歩踏み出すたび、辺りに漂う色香の濃度が増した。薄暗い廊下を行く。
エルヴィンの住処を訪れたのは久々だ。呼び出しに応じて来てみれば招き入れた男は“本来の姿”をしていた。笑顔が覗かせた犬歯からは紅が滴る。
「今度は上手いこと棄てろよ。お前の処理はいつも適当過ぎる。大体、死体を拭きもしねぇで汚いまま……」
「リヴァイ、それは聞き飽きたな。死ねばどうせ自分が汚いことにもう気がつけない。私は限りある時間を無駄にしたくはないんだよ」
リヴァイは、ハッ、と嗤った。何が限りある時間、だ。永久を生きているだろう。終わらない夜を繰り返しながら。
「ひっ……」
案内されたベッドルームはそれこそ無駄に広い。入れば、体感湿度がグンと上がった気がした。
ベッドの上ではなく部屋の奥、壁に、背を押しつける女が一人。漂う色香の原因。
「あぁ…エマ…また逃げようとしていたのか?あれほどいけないことだと教えたのに……」
叱るような口調ではあるが随分と愉快そうに、エルヴィンはゆっくりゆっくり、女に近づく。
リヴァイはそれを眺めるためベッドに腰掛けた。
こちらに顔を向けた女──エマは、遠目からも見て取れるくらい震えている。可哀想に。
「あ…たす、助け、この人、人間じゃな、て、こ、殺され…」
「…」
「おねが、たすけて、なんでもする、なんでもす」
「まずは名を名乗れよ… 失礼な奴だな」
リヴァイが言うと、エルヴィンはエマの傍まで行ったにも関わらず足を止めた。顎に手を当てて見ている。芸術作品を愛でるかのように。
しばらく待ってみたものの、エマの口から出るのは不規則な呼吸だけ。
人間は弱くて無様だ。この状況すら打破できず、怯えることに精一杯。可哀想で可哀想で、
「ふ、……駄目だ、笑っちまう」
リヴァイもエマに歩み寄った。黒い、キャミワンピースを身につけている。サテン地が滑らかな白肌によく似合う。
浮き出た鎖骨の上、首筋に、いくつもの吸血痕。ずり落ちた肩紐を直してやるとエマの喉がヒュッと鳴り、そして、失禁した。
「ったく…エルヴィン、お前の躾がぬるいからこうなる」
「震えが酷いね……」
少しも気にしてない様子のエルヴィンに、リヴァイは舌を打つ。