第9章 《リヴァイ》 初めて涙を流した日
エマと初めてキスをした日。
その日は夜明けまでそばを離れなかった。
いい加減眠れと何度も言ってきかせたがエマは嫌だとごねた。
結局朝までエマはベッドの上で、俺はその傍に座り会話をし、手を繋ぎ、見つめ合い、時折抱きしめキスをして互いの温もりを感じ合った。
明け方、やっと眠りについたエマの髪を撫でていると自身も微睡んできた。
このままベッドの淵を借りて少し寝るかと伏せた時、声がした。
「ありがと……リヴァイ…」
目は硬く閉じられていて寝言なのかと頬が緩む。
やはり眠るのはもったいないと体を起こしまた髪を撫でると、エマの目尻から一筋の涙が伝った。
「…泣くなよ」
眠っている彼女につい話しかけてしまった。
もちろん返事は返ってこないがあまりにも穏やかな顔をしていたから。
しかし静かに眠るエマを暫く眺めていると、ふと違和感に気がついた。
眠りながらもずっと握ってくれていた手が、開いている
「エマ…?」
動かない唇。
硬く閉ざされたままの瞼。
俺の手を握り返さない右手。
そこからの記憶は曖昧だ。
ただ必死に名前を呼び、叫び、何度も体を揺すって痩せ細った手を握り、それをひたすら繰り返した。
“ 私ね、夢があるの”
“なんだ”
“ いつか、このサクラを見に行きたい”
「約束……したじゃねぇか!!」
表情は相変わらず穏やかで、ふとした瞬間に起き出すんじゃないかと馬鹿げた希望が湧いてしまう。
だが横たわるエマは少しずつ、確実に温度を失っていった。
「クソ!!……………クソが…」
オレンジの花の輪郭がじわりと滲んだ。
俺に幸せになって欲しいと願い描いてくれた花。
てめぇがいなきゃ意味がねぇって言っただろうが…
「エマ……好きだ。愛してる。だから頼む…俺を残していくな……エマ……」
その花が放つ暖かさを指でなぞり、静かに眠るエマへ縋るように愛を伝え続けた。
fin.