第1章 ガラスケースに飾られた君《仁王雅治》
他人の視線を誘導する事は実に容易い。
ちょっとした意識への引っ掛かりを作ることで、標的は思うがままにこちらへ視線を寄越す。
大量の汚れたウェアでいっぱいの洗濯カゴを抱えたまま、今日も無防備な瞳がきょとんと瞬きを一つ。
───そら、釣れたぞ。
「仁王…?何それ、どしたの?アイシングは?!」
膝の辺りに出来た赤黒い痣を見たみちるの表情は先程と打って変わって緊迫したものになる。
持っていた洗濯カゴを適当に放ると、患部と俺の顔を交互に見較べてから眉根を寄せた。
「取り敢えず保健室、かな…骨に異常とか無いと良いんだけど…」
「すまんのぉ、みちる」
大会前の大事な時期。
立海はただでさえ幸村を欠いた状態で戦い抜かなければならないと言うのに、更なるレギュラー陣の負傷は大問題である。
「良いから掴まって、保健室まで歩けそう?」
怪我をした俺よりも顔が青ざめている。
人一倍、部のことを思っているマネージャーらしい。
異性である俺の腕を何の躊躇いもなくとり、支えようとするみちるに対し、心の奥深くに沈めてあった感情が顔を覗かせる。
女子特有の柔らかな身体。
俺の骨張った手を握る小さな瑞々しい手。
「───仁王?」
手を出してはいけない。
これは俺のものじゃない。
傷つけたくない─────。
頭ではわかっていても、幸村の顔が脳裏にチラついても、この少女をどうしようもなく渇望してしまう。
そんな自分自身を客観的なもう一人の自分が煽り立てる。
この感情はどんな結末を迎えるのか観てみたい。
さあ、賽を投げてしまえ、と。