第1章 拝啓赤き月へ
「……悪夢ではないのですよ、これは」
(心を読まれた?!)
「キミの存在は、魔界を揺るがす存在になる」
再び男の手が目の前にかざされたことにより緊張するけれど。
……なんだか急に気持ちが落ち着いて、瞼がとろんと重くなる。
「キミはこの魔界において、生まれたての雛鳥と同じ。いえ、キミは特に、力を求める者は、理性の揺らぎを制御できず、キミをどこまでも欲してしまう」
「出来なかったんじゃない。俺に制御する意思がなかった。それだけだ」
「ちゃっかり自分だけキスしちゃうんだから」
「でもさっきの炎、竜巻みたいにすごかった」
「確かに、あんなにも膨大な魔力を見たのは、生まれて初めてです」
「雛鳥……刷り込み次第でどうにでもなるということか。危険だな」
(この人たちは、なんの話をしているんだろう……)
考えなければと、強くそう思うのに。
何もかもを放棄してかすんでいく景色にどうしても抗えない。
「聞きなさい。キミたちは稀有な迷い人です。けれど力なき今、魔界にとっての凶兆の存在でしかありません。だから ーーー…しばらくは学院が、キミたちを匿うことにしましょう」
眠った葵を抱きとめた学院長はくるりと5人に背を向け、一本の木を見る。
「出て来なさい」
そう言うと少ししてから、芝生を踏みしめる足音が聞こえてきた。
「へえー、もう1人いたんだ」
「この方も迷い人です」
「なるほど、だから貴女たちをって言ったわけね。君不思議な服装をしているね」
ニコリと微笑にかけるフェンを無視。
瞳の赤い青年は、急に目の前に立ち無遠慮に肩に手を乗せる。
「チッ、この女にはちからがないのか。おい、貴様の名は」
そう言った瞬間、女の眉がピクリと動く。
……何こいつ偉そうに、信長か信長なのか? 本能寺第二回戦いっちゃうかこの野郎! というか一発殴ってもいいかな? てか、マジムカつくんですけど、セクハラなんですけど…………っ!
「おい、名を名乗れ」
「はあ? 相手の名を聞く時はまず、自分のなを名乗るもんだろ」
「何!!」
「………相良と申します」
「名を名乗れと言ってるんだ。この馬鹿」
「……っ、天月」
少し思案してから小さく呟いた。
「は、聞こえん。もう一度言え」
「やーだね」
「き、貴様!」
なぜか横にいた院長は肩を震わせている。