第1章 拝啓赤き月へ
「怖いことはしない。安心していいよ」
(そう言われても……)
心臓が強く脈打って内側から胸を叩く。
夢だとわかっていても、目の前にいる5人が放つ異質な威圧感に、どうしても、足がすくんでしまう。
「顔を上げろ、試させてもらう」
「えっ」
突然あごをつかんできた冷たい手の持ち主は、青い炎をまとった顔を近づけてくる。
(ちょっ!?この距離感って、キッーー)
「勝手なことをするな、俺が先だ」
「あ……っ」
今度は無遠慮に手を引かれ、よろけた体を抱き支えられてーーー
「触れただけでこれか」
赤い炎が、ゆらりと司会で揺れた。
「貴様! 俺が先にーー」
「『"動くな"』」
「ーーーー!」
「あ、動けなくなっちゃったね」
「俺たち4人同時に……なんて、ありえる?」
「彼女に触れて、ガイさんの魔力が増幅してるから……っ」
「貴様の唇は、俺だけのものだ」
「ッーー!」
なんの抵抗も出来ないまま、見知らぬ男と唇が重なってしまった。
途端に彼の体を覆っていた真紅の炎が勢いを増してーー
ぞわぞわと全身を駆け巡る仕打ちと同様に、私は眼を見張るしかなくて。
(なに……この悪夢……っ)
「想像以上だな」
全身を燃えたぎらせる炎は、やがて闇夜を貫くように空高く立ち登りーー…
「そこまでです」
「今度は誰……?)
「学院長……」
「全員、すぐにその子から離れなさい。モーナスくん、魔法の解除を」
「……」
「おや、聞こえませんでしたか?」
「…………」
「あっ、動けるようになった」
「……」
5人が私から距離をとると、代わりに新たな夢の登場人物が目の前に立った。
無口で手をかざされるようにされて、ピクリと全身がこわばる。
「ああ、可哀想に。そんなに怯えた眼をしなくてもいいんですよ」
柔和な声で囁かれた直後、首元がじわりと熱くなった。
(え……?何これチョーカー?」
「それは、キミを助けるためのものです」
「私を助ける……?」
「急にこのような場所へ来てしまって、驚いたでしょう」
絶賛驚き継続中ですと答えたいのを耐え、警戒しながら微かに頷く。
「ここは、キミが元いた世界とは違う。ーー"魔界"なのです」
「はい……?」
「キミが住む人間界とは、かつて歴史を訣別した世界」
(お父さんお母さんこの悪夢を今すぐ終わらせてください…!)