第5章 契約と思惑
誰の顔も見ずに頭を下げると、葵は走り出した。
バタン!
いきよいよくラウンジを飛び出したところで、思わぬところで思わぬ人が駆けてくるのが見えた。
(フェンさん……)
「お待ち下さい葵様、まだモデア様の策謀と決まったわけ……では……」
「……」
「モデア様……」
追いかけてきたグラスさんの言葉で、フェンさんは全てを察したようで苦笑する。
(本当に貴方が全部---?)
フェンさんを見つめる視界が曇っていく。
確かに掴んだと思った安らぎは、瞬く合間に空虚な気持ちへと変わっていた。
「おいでよ」
展望台の窓辺まで来たけれども、景色を眺める余裕なんてない。
「すごくいい眺めだと思わない?昼なら港の先まで見えるんだけど。夜は夜で絶好のデートスポットになる。気に入った?」
フェンさんの様子はいつもと変わらなかった。
焦ることも謝ることも繕うこともない。
ジャスパーさんたちの会話の方が嘘だったんじゃないかと思えてくる。
けれど……
(わからない……)
確かに感じた真心は本当だったのだろうか。
夜風で冷たくなるのも気にせずそばにいてくれた彼の優しさは?
彼を信じたいのは、騙されていたと信じたくないから?
(何を信じればいいの?)
不意に天月さんの言葉が頭の中を過ぎる。
「お前は甘いんだよ。誰も信じるな。100%嘘だと思え」
「……」
ロイさんたちが話ししていたその時からその言葉が流れ込んできていたのだ。
「言いたいことがあれば言えば?なんでも教えるよ」
悪びれた様子もなく、フェンさんはいつもの調子で笑う。
「わざと………付けたんですか」
何をとは言わない。
わかってほしくないと思いながら、答えを欲しがっている。
「うん」
肯定され、その時私の心は音もなく崩れさった。
違うという言葉を期待していたんだと気づくと、苦い思いが広がった。
(なんで信じちゃったのかな。この人は嘘つきで……信用できないってわかってたのに)
ガイさんに無理やり奪われそうになり、真から震え上がりそうになるほど怖かった。そこから助けてくれた時のほっとした気持ち。そばにいて慰められた時の気持ち。それが全部嘘だったなんて思えない。思いたくない。
「……」
「フェンさんは……」