第11章 烏野のエース
side 東峰旭
「···さん。」
町内会チームと合同の試合が終わった後、使い終わったビブスを畳んで片付けているさんの背中に向かって声をかける。
座っている彼女に合わせてしゃがむと、それでも大分小さなその体に、少し驚いた。
『アサヒ先輩?』
少し驚いたような顔で見上げてくる彼女。
どうかしましたか?と首を傾げるその可愛い仕草に、少し動揺する。
「あの、さっきはありがとう。」
俺の言葉に、更に首を傾げる彼女。
さっきのは、無意識、だったんだろうか。
キョトンとこちらを見つめるその顔が面白くて、少し笑いが零れた。
「さんが背中を押してくれたから、体育館に戻ってこられた。ありがとう。」
あの時、色んな感情が渦巻いていた。
下を向いて、考えないように逃げて。でも、どうしても忘れられなくて。
気にかけてくれたスガにも、そして後輩にも、”がんばれ”と突き放しておきながら、スガと西谷に合わせる顔が無いと言っておきながら、それでも手に残るスパイクを打つ時の手の感触と、そしてネットの向こうに見える景色が頭を支配して。
ウジウジと考えて、戻ってみようかとジャージに袖を通してみたものの、やっぱり決心がつききらずに、踵を返そうとした。
そんな時だった。
自分にぶつかってきた小さな体。俺と同じジャージを着た知らない女の子。
俺の名前を知っていた。事情を知っているかも。
こんなに情けない男、幻滅·····されるかも。
でも、彼女から出た言葉は、全くの予想外のものだった。
『生きていれば、つらいことも、心が曇ることもあるけれど、ずっと俯いていると、綺麗なことも大切なことも見落として、気づけなくなっちゃいますよ。』
優しい微笑み、優しい声。
新しく入ったということは、きっと1年生だ。
そんなことも感じさせないような、包み込むようなその雰囲気。
その言葉は、驚く程すんなり自分の心に入ってきた。
『先輩、今日は空が綺麗なんですよ。先輩、上見てください。』
そう言って両手を広げて空を仰ぐ彼女をみならって俺も空を見上げてみる。
そして目に映ったのは、茜色の空にかかる虹色の雲。
下を向いていたから気づかなかった。
空はこんなにも綺麗だったのに。