第11章 烏野のエース
『彩雲っていうんです。いい事があるって言われてる雲なんです。』
彼女の声を聞きながら、空から目を離せないでいると、背中を押される感触。
『大切なこと、見落としちゃうって言ったでしょ?先輩、スガ先輩も、澤村先輩も、田中先輩も、もちろん西谷先輩も、アサヒ先輩が戻ってきてくれるの待ってますよ。俯いてばかりいないで、前を見てみて下さい。』
わかってたんだ、そんなこと。下を向いて、気付かないふりをしていたんだ。大地も、スガも、田中も西谷も、こんな俺を攻めてはいないんだって、そんな奴らじゃないってこと、よくわかってた。わかってたんだ。
背中を押す彼女の手に、抵抗なんて少しも出来なかった。
ふと、思考を戻すと、ビブスを畳む手を止めて、俺を不思議そうに見上げているさん。
「ありがとう、見ず知らずの俺を気にかけてくれて。ありがとう、俯いてた俺に前を向かせてくれて。」
もう少しで、大事な物を無くすところだった。
本当にありがとう。
ぽかんと俺を見つめていたさんが、俺を見て今度はニコリと笑った。
今までとは違う、少し幼いような明るい笑顔。
してやったりというような、それでも憎めない微笑み。
『本当に良いことありましたね。アサヒ先輩。彩雲って、凄いですね。』
そう言ってふふっと笑った。
ギュッと心臓を捕まれたような、胸が苦しい感覚。
「····そうだなっ。」
俺は誤魔化すように、さんの頭をワシャワシャと撫でた。
ありがとうと、そう思う気持ちを、今はバレーをすることで返そうと思う。きっと、彼女はそれを望んでいるような気がするから。
さんがビブスを畳むのを見つめながら、俺は立ち上がってソワソワとこちらを見つめる日向の元へと向かった。
先輩らしいことも、しないとな。
目が合った日向が、こちらに向かってくるのを見ながら、俺も1歩を踏み出した。