第11章 烏野のエース
アサヒ先輩を見送ってから、部室から当初の目的のものを持ち出して体育館へと戻ってくる。
試合はもう始まってしまっているらしい。
扉の隙間から、跳ねるボールの音、キュキュッとシューズが体育館の床を踏みしめる音が響いてくる。
そっと扉を開けて中に入ると、私の目に映ったのはスガ先輩や西谷先輩と同じコートに立つアサヒ先輩の姿。
これをきっかけに、何かが変わるといい。
ドリンクの準備を終えてコートに近づいた時だった。
「もう1度、トスを呼んでくれ!!エース!!」
体育館に響いた西谷先輩の声。
床とボールの間の、たった手のひら2センチ分に滑り込んだ西谷先輩の手から、ブロックフォローの成功したそのボールは綺麗な放物線を描きながら、セッターであるスガ先輩の元へと向かうのが見えた。
コートの中を見ると、OBの人が打てる体制に入っている。でも、アサヒ先輩もそれは同じで、十分な助走距離は確保出来る位置。
どちらにボールを上げるのだろうと、ボールを目で追う。
スガ先輩の視線はOBの人に向いている。
「スガァーーー!!!
まるで、獅子の咆哮のように吠えたアサヒ先輩。驚いて視線を移すと、手を挙げて、トスを待っているアサヒ先輩の姿が見えた。
「もう1本!!」
そうか、何となくわかってしまった。
アサヒ先輩は、トスを呼ぶのが怖くなってしまっていたのか。
「旭·····!!」
ネットから少し離れた、高めのトスだ。
何だか少し泣きそうな、それでも嬉しそうな顔のスガ先輩の上げたトス。
まるで大鷲が力強く羽ばたくように、高く飛び上がったアサヒ先輩は、3枚のブロックがついていながらもなんの迷いもないように力強くスパイクを打ち切った。
体育館に響いたボールの音が、その力の強さを表している。
これが、烏野のエースが放つスパイクなのか。
私から見えるアサヒ先輩のその背中には、もうさっきまで下を見て俯いていた姿は見えなかった。
そのアサヒ先輩の姿を見て、心底嬉しそうに笑う先輩達を見て、何だかこちらも胸が温かくなるのを感じて、思わず胸の辺りでギュッと手のひらを握りしめた。
『潔子先輩。』
「なぁに?」
『アサヒ先輩、良かったですね。』
「そうね。」
言葉は少ないけれど、見上げた潔子先輩の顔も、何だか嬉しそうに微笑んでいるように見えた。