第8章 緊張を解すには?
結局そのまま日向くんとは、部活が始まってからしか会えなかった。体育館で見かけた日向くんに、手のひらに人って3回書いて飲み込んだりだとか、深呼吸だとか、すぐに出来る緊張を解す方法を伝えてみた。
ありがとうと言ってアップから始めた日向くんは、しきりにスーハースーハー深呼吸しているのがわかった。
人という字も、何度も何度も手のひらに書いては飲み込んでいる。
私が見ていただけで、ゆうに50回は超えてしまっているんじゃないだろうか。
スパイク練習や、レシーブの練習の合間合間に書いては飲み込んでいる。
日向くんがドリンクを私のところに取りに来て「人って字飲み込み過ぎてお腹いっぱいになりそう。」と言った時には不謹慎ながら笑いそうになってしまった。
隣にいた蛍と山口くんは吹き出していた。
「日向、なーにしてんだろ。」
『あ、スガ先輩。』
タオルで顔に垂れた汗を拭きながらスガ先輩がこちらにやってきた。
「さっきから何回も手のひら口にあてて、何やってんのかな。」
『あの、実は·····。』
不思議そうに日向くんを見つめるスガ先輩に、今までの経緯を話した。日向くんの緊張を解そうとしてみたけれど、予想以上に手強そうだと。そう伝えると、スガ先輩は声をあげて笑った。
「ははっ、そういう事だったんだ。まぁ、どう足掻いたって練習試合は明日だし、なるようになんべ。」
『そう、ですね。』
隣で穏やかに笑うスガ先輩を見て思い出す。
確か、明日の青葉城西との練習試合では、セッターは影山くんでと指名が入っていた。正セッターであるスガ先輩ではなく。
今回は仕方がない事とはいえ、後輩にスタメンの座を意図しない形で譲る形になってしまったスガ先輩の心中は穏やかではないのではないだろうか。
でも、先輩はそれをおくびにも出さない。
「ん?どした?」
『あ、いえっ、何も。』
ふと、見上げていた視線が絡んだ。
何となく気まずくなって目を逸らしてしまった。
「·····俺は大丈夫。試合に出ることを諦めたりなんて絶対にしないよ。」
『····ぁ。』
「ちゃん、何か不安そうな顔。····心配しないで、ほら笑って!それだけで俺、頑張れるから。」
そう言って、スガ先輩は私の両方の頬を優しくつまんだ。
どうして考えていたことがわかったんだろう。