第4章 烏野高校バレー部
いつものところで山口くんとは別れて、未だ私の手首を掴んで少し先を歩く蛍にそのまま連れられて歩く。
4月に入っても、まだ冷たい風が頬を撫でていく。
上を見上げると、月を隠していた雲が切れて綺麗な半月がよく見える。あの形は確か、上弦の月と言うのだったか。
東京に比べて、明かりの少ないこの土地は月も星も鮮明に見える気がする。
『蛍』
まだ少しピリピリとした空気を残したままの蛍に声を掛けてみると、少しピクリと反応して歩みを止めた。
『蛍?』
「イライラするんだよ。無駄にアツい奴って·····。王様も、さっきのチビも。·····たかが、部活だろ。」
そう呟いた蛍の背中は、大きい筈なのに何故だか小さく見えて。
たかが部活と、そう拘る蛍はきっと色々と考えてしまうからこそ、何か思うところがあるのだろう。
まるでそれが、悪い事のように。
努力することを嫌悪するように。
例えばそれは、黒髪の男の子とオレンジ色の髪の男の子の熱に巻き込まれることを恐れるような。
『絶えずあなたを何者かに変えようとする世界の中で、自分らしくあり続けること。それがもっとも素晴らしい偉業である。』
「え?」
『·····蛍。·····大丈夫だよ。』
「·····っ!」
自分らしくそのままで。
もしも蛍が変わりたいとそう思う時が来たのならその時でいい。
変わりたくないと思うのならそれでもいい。
もしも変わりたいと思うのならば、それは自分のタイミングでいい。
それは、産まれ落ちた卵が自分の力で殻を破るように。
産まれた鳥が、自分の意思で飛び立つように。
「本当、·····って、抜けてるのか鋭いのか、よく分からないよね。」
『そうかな?』
「··········それって誰かの言葉?」
『うん。200年くらい前のアメリカの詩人さんの。』
「へぇー。って頭いいんだ?」
『へっ?そ、そんなことないよ。読書好きで、たまたま見たのを覚えてて。』
「ふーん。··········ねぇ。」
『なぁに?』
「··········ありがと。」
そう言った蛍は、私の手首を離して頭をワシャワシャと撫でると、いつもの様にズボンのポケットに手を入れた。
歩幅はゆっくりと、私の隣を歩いてくれる。
ピリピリとした空気はもう何処にもいない。