第4章 烏野高校バレー部
side月島蛍
ギスギスした僕の心を見透かすように、は静かに言葉を紡いだ。鈴のような、凛と小さいその声はよく耳に届いた。
『絶えずあなたを何者かに変えようとする世界の中で、自分らしくあり続けること。それがもっとも素晴らしい偉業である。』
『·····蛍。·····大丈夫だよ。』
薄い月明かりの下で微笑みながらそう呟いた彼女に、少しの間言葉を失った。
たかが、部活。その努力した先に、努力しただけのモノを得られるかなんて、分からない。報われないこともあるということを、僕はもう知っている。
不確かなことは好きじゃない。
だから、ああいう奴らをみるとイライラする。
自分が努力した先に、必ずそれに見合うだけの何かがあるのだと信じて疑わない目。
そして自分は、変わりたいと思っているのか、そうじゃないのか。
こんな事でイラつく曖昧な自分のこの胸の内にも心が嫌にザワついて不快だ。
それなのに、どこまで僕の深い心の内をわかっているのか、の言った大丈夫の言葉に、そのドロドロとしたモノを優しく掬われたような。
自分らしくなんて、自分が1番わからない。
でも、大丈夫だと、甘い蜜のような囁きと微笑みに今は救われているのは分かる。
考えたくない、今は未だ。
「··········ありがと。」
そう呟くと、はただ何も言わずいつものようにふわりと柔らかく微笑んだ。顔に熱が集まるのがわかって、慌てて顔を逸らす。
気付けば、さっきまでイライラしていた心はすっかりと凪いでいた。
いつの間にか止まっていた足を動かして、隣に並んでゆっくりと歩くと、すっかりもう彼女の顔は見えない。
確かとは40センチ近く身長に差があるのだったか。
なんで君は、僕のこんな弱い心を事も無げに受け止めてしまうのだろうか。
冷たい風に少し揺れた髪を一筋掬ってサラリと流す。
そうすると、こちらを見上げて一瞬驚いたように目を見開いた後、擽ったいよと目を細めて笑った。
気づけばもう家は目前で、やってきた別れの時に、明日また会えるというのに寂しいと思うなんてと心の中で自嘲する。
「ゆっくり休みなよ。···また明日。」
『蛍こそ。また明日ね。』
僕は柔らかな風が彼女の髪を攫って揺れるのを見ながらその背中が見えなくなるまで見送った。