第20章 インターハイ予選前日譚
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『蛍?····けーい?』
ドライヤーを置いて戻ってきた蛍は、そのまま縁側からも見えるキッチンへと直行すると、マグカップを2つ持って何か作り始めた。
名前を呼んでみるけれど、ん、とか、んー、なんて返事が帰ってくるだけで、何をしているのかを教えてくれる気はないらしい。
カチャカチャと、ティースプーンがマグカップに当たる音が聞こえてくる。
この音が結構好きだったりする。
大人しく待っていると、マグカップを2つ持って蛍がこちらに戻ってきた。
また、ん、と声を出した蛍の差し出したマグカップを受け取ると、立ち上った暖かな湯気から、ミルクの匂いと蜂蜜のいい匂いが鼻を擽った。
『ほっとみるく?』
「これで家に帰ったらちゃんと寝られるんじゃない?」
『···ふふっ。うん、そうだね。ありがとう。』
蛍に、不安に思っていた心を見透かされてしまっていたのだろうか。ホットミルクと言えば、眠気を誘う飲み物としては定番のように思う。寝られるか心配だった私にとっては目の前にあるホットミルクはとても魅力的に見えた。そうでなくても、暖かなミルクと蜂蜜はどちらも私の大好きなものだ。
そっと1口、口に含んでみる。
丁度いい温度、程よい甘み。自然と頬が緩む。
『おいしー。』
「良かったね。」
『蛍はいつも器用だけど、料理まで出来るんだねー。』
「別に、料理って程の物じゃないデショ。それにいつもはこんなことしない。」
『そうなの?でも、とっても美味しい。』
「そ。」
私の為に慣れないことをしてくれたのだろうか。
それだけで何だかとっても嬉しい。
ホットミルクを飲みながら、キッチンに立つ蛍を思い出して頭に浮かべた。
蛍は大きいから、キッチンも何だか小さく見えてしまって、なんだか変な感じ。
思わず笑いが溢れると、蛍に頬をつつかれた。
「何ニヤついてるのさ。」
『ふふ、何でもなーい。』
どれだけの時間を、そうして何気ない話をしながら過ごしたのだろうか。
何となく瞼が重くなってきた。
触れる程近くに座っている蛍の温もりが、眠気を後押ししているような気がする。
慌てて瞼を擦って眠気を遠ざけてみる。
マグカップの中のミルクはもうほんの少しだ。