第20章 インターハイ予選前日譚
「眠いの?」
蛍が横から私を覗き込みながら言った。
『ん、んー。』
もう1度目を擦ってみる。
どんどんと眠気が襲ってくるみたいだ。
「ちょっと、あんまり目擦っちゃダメだって。眠いなら家帰って寝なよ。」
蛍は私からマグカップを取り上げて、縁側の床に2つ並べて置くと立ち上がって私の腕を掴んだ。
ぐっと強い力で引き上げられて、自然と私の体も立ち上がる。
『わわっ。』
「ほら、フラフラしてるじゃん。」
蛍は私の腕を掴んだまま歩き出す。
私の家の方に向かっているようだ。とはいえ、家はすぐ隣なのだからあっと言う間に家の門をくぐって玄関に辿り着いてしまう。
玄関を開けて、中に押し込まれてしまう。
あぁ、でも私。どうしても蛍に伝えたいことがあるの。
こうやって気にかけてくれること、本当に嬉しい。
『あのっ、蛍っ。』
「何?」
『本当は、緊張して、不安で今日は寝つけなさそうだったの。でも、蛍のお陰で大丈夫そう。···本当にありがとう。』
蛍は少し目を見開いた後、掴んでいた私の腕を離した。
「今更不安に思ったってなるようにしかならないんだから、気にしたってしょうがないデショ。···でも····。」
片手は玄関の扉を支えたまま、もう片方の手で頭をグリグリと撫でられる。
蛍がふわりと笑っていて、その様子に目が逸らせなくなる。
「それでもが不安に思うって言うなら、ホットミルクぐらいいつでもつくってあげるよ。」
蛍はそれだけ言うと、頭を撫でていた手を離して玄関を支えていた手も離した。
どんどんと閉じる扉。それと一緒に、少しだけ入ってくる外の柔らかい風。
「おやすみ、。」
『おやすみっ。』
扉が閉まる前に、ちゃんと言い終えることが出来ていただろうか。
最後に入ってきた風が私の柔らかい髪を撫でてく。
本当に、私は周りの人に恵まれていると思う。
隣の家に住む彼は、とてつもなく優しい人なのだ。
すっかり重くなった瞼をまた擦ろうとしてやめる。
今布団に入れば直ぐに寝入ることが出来そうだ。
緩んだ頬をそのままに、私は自室への階段を登り始めた。