第20章 インターハイ予選前日譚
蛍はポソッと呟くと、私を膝の間に挟むようにして後ろに座った。
私の背中に、そっと触れる蛍の体。
急に近くなったその距離に、少しドキドキする。
パチッという音と共に、私の頭に暖かい風が当たった。
持ってきてくれたドライヤーで、私の髪の毛を乾かしてくれるらしい。
「動かないで大人しくしてて。」
『は、はい。』
とても近い蛍との距離、動かないでと言ったその言葉。
何となく、こんなことをさせてしまった後ろめたさもあって、体がカチコチに固まってしまう。
それが蛍にもわかってしまったのか、後ろからクスクスと笑い声が聞こえる。
「プッ、そんなに固くならなくていいから。」
『う、うん。』
肩の力を抜いて、ふぅ、と息を吐いてみる。
肩にかかる自分の髪の毛を見てみると、いつも自分が乾かしている時よりも乾くのが早い。
蛍は何をするにも器用だけれど、こんな時にもそれは発揮されるのかと驚く。片手にタオル、もう片手のドライヤーで私の髪の毛をフワフワと動かしながら乾かしている。
「下手くそでも文句言わないでよ。こんなこと、誰かにしたことないんだから。」
『言わないよっ。暖かいし、気持ちいい。』
「そ。」
ブーンというドライヤーの音。
時々通る車のヘッドライトの明かり、頭に触れる蛍の優しい手に暖かい風。
ユラユラと揺らしている自分の足を、何となく見つめてみる。
人に髪の毛を触られるというのは、どうしてこんなにも心地が良いんだろう。自然と頬が緩んでしまう。
少し時間が経って、ドライヤーを付けた時と同じパチッっという音と共に、暖かい風が止んだ。
髪を触ってみると、私の髪はすっかり乾いていた。
ぼーっとしている間に、蛍がしっかり乾かしてくれたみたいだ。
やっぱり、私が乾かしている時よりも大分早い。
長い私の髪は、いつも乾かすのに沢山の時間がかかる筈なのに。
それとも、この時間が心地よくて、ただ短く感じただけたろうか。
「はい、終わり。」
『ありがとう。』
「ドウイタシマシテ。····寒くない?」
『うん、ぽかぽか。』
「ちょっと待ってて。」
蛍はそう言うと、ドライヤーとタオルを持ってまた家の中に消えていった。