第20章 インターハイ予選前日譚
お行儀が悪いとはわかっているけれど、バタバタと大きな音をたてて階段を急いで降りて、そのままの勢いで玄関から飛び出す。
すぐ隣の【月島】と書かれた表札のある門をソワソワとした気持ちのまま通って中に入る。
バスケットゴールの置かれた庭に面した縁側。
目の前の道路を通り過ぎた車のヘッドライトが、座っている蛍の顔をフワッと照らした。
『蛍っ。』
「····って、ちょっと!髪の毛濡れてるじゃん。」
蛍は私を視界に収めると、すぐに立ち上がって私の腕を掴んだ。
お風呂上がりの、髪の毛を拭いている途中で飛び出してきてしまった私のことを怒っている。
あぁ、しまったと思ってももう遅い。
少し冷静になった今ならわかるのに。
季節は春も終わり初夏にさし掛かろうとするところ。
でも、宮城の朝晩は東京よりもほんの少し涼しい。濡れた髪のままでは体が冷えてしまう。
でも、さっきはなんだかとても心がソワソワとして落ち着かなくて、そんなことにも気づいていなかったんだもん。
『ぁ、ご、ごめっ···。あの、目が合って、呼ばれて嬉しくなっちゃって。···そのまま飛び出してきちゃったの。』
「···はぁー。キミさ、そういうところだよ本当···勘弁してよ。取り敢えずこっち来て。」
『ぇ?···あの、蛍?』
「いいから早く。」
蛍は掴んだ私の腕をそのままに、さっきまで蛍が座っていたところに私を座らせた。どうしたらいいのかと戸惑う私を他所に、蛍は自分の着ていたパーカーを脱いで私に渡すと「取り敢えずこれ着て、ちょっと待ってて」と言い残して家の中に消えてしまった。
リビングに面していると思われるこの縁側から家の中を伺うけれど、今日は蛍のお母さんもお父さんもいないみたいだ。
家の中がシンと静まり返っていて、時折通り過ぎる車の音と、どこからか聞こえる猫の鳴き声しか聞こえない。
言われた通りにパーカーに袖を通すと、蛍がこちらに来る足音が聞こえた。
それにしても蛍のパーカーは大きい。全然手が出てこない。
両手が袖に隠れてしまって、どうしたものかとモタついていたら、こちらにやって来た蛍が両手の袖を器用にクルクルっとまくってくれた。何から何まで本当にごめんなさい。
『ご、ごめんね。』
「別に。」