第20章 インターハイ予選前日譚
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思えば、試合前のザワザワと落ち着かない夜を1人で過ごすのは初めてだなと、家に帰って、お風呂上がりのその濡れた髪を拭きながら思う。
いつも、試合前のこの気持ちを持て余しては、研磨やクロちゃんに縋っていた。そしてそんな私を、優しい2人は受け入れてくれていた。
離れて改めて思う、どれだけ私を支えてくれていたのか、そしてどれだけ2人が私を甘やかしてくれていたのか。
自分の部屋に戻って、カレンダーの今日の日付にバッテン印を付ける。
何度見返してもやっぱりインターハイ予選の日付は明日だ。
いつもは、どちらかと言えばポジティブな考え方が出来ていると思うのに、試合前になるとどうしてこうもネガティブになってしまうのだろう。
きっと心がザワつくのは、万が一の事を考えて、その時の皆の気持ちを考えると何とも言えない、心臓を鷲掴みされたみたいな痛みが胸を襲ってくるからだと思う。
目に焼き付いている、試合に負けて、それでも泣かないクロちゃんの震えた背中。
いつもと違う、眉尻を下げて、それでも私に微笑む2人の顔。
どうしても、その2人の様子が烏野の皆に重なって頭の中を行ったり来たりする。
そんな心配はいらないのだと、そう思うのにどうしても胸がドキドキと落ち着かない。
髪をワシワシと拭きながら、窓に近づいて外の様子を眺めてみる。
1か月前には沢山の薄紅色の花をつけていたハナミズキの木も、すっかりその花を散らしてしまっている。
それでも、今は暗くなって鮮明にはわからないけれど青々とした葉を付けている今のハナミズキのその様子は私の心を少しは落ち着けてくれた。
ふと、明かりのついた隣の家の1階へと視線を移す。
庭に面した縁側に人影が見える。
逆光で少し見にくいけれど、ほんのりと明るい月明かりが照らしているあの人影は蛍だ。
何をしているのかは見えないけれど、蛍が縁側に座っているのが見える。
何故か、蛍の姿を視界に入れただけで少し心が落ち着いて、無意識に見つめてしまった。
『ぁ。』
ふと視線が絡む。
何となく、驚いたような反応を感じた後、蛍はこちらに向かってちょいちょいと手招きをした。
嬉しくなった私は、髪を拭いていたタオルを肩にかけたまま、急いで階下へと下りた。