第17章 薄紅葵のティータイム
「かっ、彼ジャージの破壊力っ。いやっ、まだ彼じゃないけどっ。」
『へ?···及川さん?』
「いやっ!何でもなーい。···で、ちゃんは及川さんに会いに来てくれたんだよね?どうしたの?」
及川さんは、口を抑えて何か言ったあと、腰を屈めて視線を合わせてくれた。自然とこんなことが出来てしまう所が、とても優しい人だなと思う。
私は今日の目的を告げる為に、改めて姿勢を正して及川さんを見つめた。
『あのっ、今日は及川さんにお願いがあって来ました。』
「お願い?」
『烏野には、直近の試合のビデオテープがなくて。分析したくても出来なくて。この学校なら、ビデオを撮っていらっしゃるんじゃないかなって。···敵校の私がこんなの無茶苦茶なお願いだってわかっているんですけどっ。あのっ、ビデオテープを、貸して頂きたくて···。お願い、しますっ。』
学校を出てくる時に、出来るだけ分かりやすく失礼のないようにスマートにお願いしようと色々と考えていたのに、結局出てきたのはしどろもどろなこんなお願いで。
ただでさえ、こんな風に押しかけて、校門に呼び出して迷惑を掛けているのに。
どんどんと尻すぼみに小さくなる声、俯く顔。
こんなお願いをして、及川さんはやっぱり怒るだろうか。幻滅、しただろうか。
怖くて、俯いた顔を上げられない。
「それを、ちゃんが1人でお願いしに来たの?」
『はい。』
「あいつらの為に、何でそこまでするの?こんな風に頭まで下げちゃってさ。」
『え?』
及川さんの問いに、思わず頭を上げる。
怒ってはいない。心底不思議そうな顔。
何でそこまでするの?
何故だろう。
皆の負けた顔が見たくないから。悲しそうな顔を見たくないから。
でも、何でだろう。
負けるためにコートに立つ人なんていない。
私達は勝つ為にコートに立っている。
それはきっと私も同じだ。
負けたくない。
『勝ちたい···からです。』
勝ちたいことに理由なんていらない。
皆のプライドを守りたい。
皆が守ってくれる、負けさせたくないという私のこの小さなプライドを、私自身も守りたい。
『取るに足らない、この私のプライドを、守りたいからです。·····お願いします、ビデオテープを貸して頂けないでしょうか?』