第16章 夕暮れの微熱
結局その後、ありがとうありがとうと、何度もお礼を言う撫子さんに別れを告げての苦しそうな様子に後ろ髪を引かれる思いをしながらも家を出てその日を終えた。
そして翌日、案の定休みだったが心配で授業にも正直身が入らなかった。
こんな時、隣の席だったことを心底恨む。いつもは落ち着くその距離も、隣を見た時に自分の視界にが映らないことがこんなにも落ち着かなくなっていただなんて。
授業の合間に何度も時計を見る。
さっき時計を確認したときから、まだ10分しか経っていなかった。
その日の授業と部活を、なんとなく惰性で終わらせた。
スマホを確認してみたけれど、もちろんからの連絡はない。まだ調子が悪いのだろうか。熱は下がったのか。苦しんではいないだろうか。
そこまで考えて、ふと思考を止める。
こんなにも自分の中にが侵食していただなんて。
今日1日、考えているのはのことばかりだ。
あぁ、でもそういえば、と今日の部活開始時のことを思い出す。
が熱を出して今日は学校を休んでいると告げた時の全員のあの様子。烏野のバレー部にとってという存在が間違いなく大きなものであると再認識してしまった。
「「「ちゃん()が熱で休み!!?」」」
思いがけない大合唱に、思わず耳を塞いだ。
確かに、今日の練習は火が消えたようだった。声を掛けてくれるあの声が、ドリンクを渡してくれるあの手が、見守ってくれるあの笑顔がないだけで、こんなにも違うのかと驚くほどに。
僕がそう思っているだけじゃなく、きっとバレー部全員が同じことを考えているんだろう。何となく、腹が立つけど。
帰り道、山口と別れてから1人で家までの道を歩く。
前にも1度1人で帰ったことがあったけど、こんなにも物悲しかっただろうか。いつもは隣にある笑顔がないだけでこんな気持ちになるのか。いつもより少しだけ早く終わった部活。日の沈みかけた、黄昏時。こんな気持ちになるのは、哀愁を感じやすいと言われるこの空のせいだろうか。
スマホを出して時間を確認する。
まだ時間は夕暮れ時。教師から渡されたへのプリントを渡すという名目で、彼女の家をまた訪ねてみようか。
僕はそっとインターホンを押した。