第15章 練習試合 対音駒高校戦
「あんまり顔擦らないの。」
クロちゃんはそう言うと、もう片方の手で、私の流れる涙を優しく拭った。
「いつもはボケっとしてんのに。変な所で考えすぎて深読みするところは本当に変わらねーな。研磨のが伝染ってんですか?」
『か、かんがえすぎ?』
「お前は烏野のマネージャーである前に、でしょーが。」
クロちゃんはそう言うと私の頬を両手でムニムニと触りだした。
「のやりたいようにやれよ。···お前はもう少し、わがままになったっていいんだよ。」
『でも』
「あんまりすぐ俺たち離れされてても寂しいじゃないの。来いよ、東京なんてすぐそこだろ。」
『す、すぐそこではないよっ。』
「お前が、自分のことを優先したりすんのが苦手だってのは知ってるけどな、たまにはいいだろ。····小さい時は、もう少し自分の欲求に素直だったじゃねーの。」
『···そうだったかな。』
「研磨と2人してポッキーのチョコの所だけ食べて、持つところ俺の口に突っ込んできたの誰よ。」
『そ、それは····私だったかな。』
「お前のわがままなんて可愛いもんだよ。それにな···」
クロちゃんは私の両手を握ると、その場にしゃがみ込んだ。
いつもとは逆に、私の事を見上げるクロちゃん。その瞳があまりにも優しくて、止まったはずの涙がまた溢れそうになる。
「お前がいないと、俺が嫌なんだよ。試合…見に来いよ。頼むよ。」
『…クロちゃん、私行ってもいい?』
「当たり前だろ。…それに、お前が東京に行くとして、それを咎めるような奴らなのかよ、烏野の奴らは。そうじゃないから、お前がそんな風に夢中になってんじゃないの。」
『そう…かも。』
「わかったら、んなことで悩むな。お前はずっとヘラヘラ笑ってろよ。」
『っうん。うん。…クロちゃん、ありがと。』
すっと立ち上がって、私を抱きしめるクロちゃん。ジャージから香る柔軟剤の匂いと、ほんの少しの汗の匂い。嗅ぎ慣れたその匂いにホッとして、なんだかまた少し涙が溢れて。
クロちゃんのユニフォームに小さな染みが出来ていくのを感じながら、さっきまでドロドロと悩んでいた心の中の黒いものが消えていくのを私はただ心地よく受け入れていた。