第1章 天下人の女 【織田信長】 《R18》
「は…はいっ…」
やだ、私ったらなんて気の利かない女なんだろう。
こんな立派なところに住まわせてもらって、着るものや食事まで面倒見てもらってるのに。
立ち上がり、急ぎ足で上座へ向かう。
「すみません、只今お注ぎ致しますので」
信長様の真正面に膝をつき、さっそく銚子を手に取った。
が、とてつもない緊張が押し寄せてきて。
目を合わせる事すらできず指先を震わせながら、差し出された盃に酒を注いでいく。
「体調不良とやらはもう治ったのか」
「……はい、たいぶ楽になりました」
「なら良い。
どうだ、ここの暮らしは」
「色々と良くして頂いて感謝しています。ありがとうございます」
お酌もお礼も無難に済ませ、すぐさま自分の席へ戻ろうとしたのだけれど。
「では、五百年先の世の暮らしはどうだったのだ?興味がある。話せ」
続けざまに問いを投げ掛けられ、立ち上がるタイミングを逃してしまった。
出会った当初、未来から来たという主張を信じてもらう為に私の持ち物を通してあれこれと説明した事はあったが……
プライベートは一度も明かしてない。
いきなり話せといわれても、
どこからどこまで、どう話せばいいのやら。
「ええと…私は普通の会社員で…
あ、会社員というのは雇い主の元で働く者の事です」
「ほう。して、貴様の役目はなんだ」
「書類を作成したり、連絡を取り次いだり、雑用とか……
あとは…ええとですね…ええっと……」
仕事、私生活、様々な事を尋ねられたけど
威圧的なオーラを放つ信長様の近くにいればいるほど緊張感が増すばかりで。
言葉が途切れ途切れになって、上手く話を広げられない。
つまらない言い回ししかできない私との会話なんて、長々と続けても退屈なだけなんじゃないだろうか?
滲み出る嫌な汗を不快に感じていた中……
目の前で優雅に揺れていた扇子が、
パチン!と急に荒々しく閉じた。