第1章 天下人の女 【織田信長】 《R18》
ああ、私、ここでお終いなんだ。
短い人生だったけれど、自ら選んだ意義のある最期だったと思う。
ーーー唯一後悔があるとすれば、あの人と仲直りできなかったこと。
贈り物のお礼もちゃんと伝えたかったなぁ。
ーーー・・・
刹那に駆け巡った数々の心残りを悔やみながら、じっと微動だにせずにいた。が……
一向に衝撃が襲ってこない。
時が止まったかの如く静かになった辺り一帯。
どうしたのだろうと、瞑っていた目をそっと開けてみるとーーー
「……!」
伊万里さんの背後から伸びた黒い着物の袖。
小刀の刃ごと掴んでいる指の合間からは血液が筋状に流れ……
私を狙っていたはずの切っ先は、こちらに届く寸前のところでピタリと止まっていた。
「信長様……っ!!」
とっくに床に就いているとばかり思っていた信長様の姿がそこにあって、伊万里さんも驚いた様子で彼を見上げている。
「何を動揺している。
憎き男はここに居るぞ伊万里」
「の…信…長、様…」
「どうした、抵抗せんのか?」
「あ…、あ…
わ…わたくし…わたくしは…」
床に垂れる真っ赤な雫を目の当たりにしてようやく我に返ったのか、がくがくと震える手を小刀から離した彼女はその場に崩れ落ちて泣き叫び……
間もなくして、騒ぎを聞き付けた家臣達によって取り押さえられた。
周囲がざわめく中ーーー
緊張の糸が切れ、気が抜けたように茫然とつっ立っていると。
手拭いで淡々と血を拭きながらこちらへとやって来た信長様は、
負傷したそれとは反対側の手でふわりと私を抱き寄せた。
「まったく、貴様という女は」
「私のせいで、傷が……
ごめん…なさ……」
「今は喋るな。
このまま俺に捕らえられていろ」
死という恐怖に直面し、立っているのがやっとだった身体を支えてくれている。
温かいぬくもりに触れ、自然と溢れてきた涙が頬を伝い……
渡り廊下に吹く夜風に攫われていった。