第1章 天下人の女 【織田信長】 《R18》
そして…
正面まで来ると、静かに腰を下ろした。
「家康さん、宴会はどうしたんですか?」
「つまんないから早めに食事だけ済ませて抜けてきたよ。あんたは全然顔見せないし。
秀吉さんが心配してた」
「…すみません」
何も言わずに欠席しちゃったからなぁ…
せめて女中伝いに知らせておくべきだったかも。
後で謝らなきゃ…
「あんたは色々と勘違いしてるよ。根本からね。
伊万里…だっけ。あの子がこの先ここへ嫁いでくる事は無い」
「…? どういうこと…?」
「確かに縁談話は持ち上がってた。だけどそれはあんたがここへやって来る前の事。
あんたと出会ってから程なくして…信長様は伊万里との縁談を破棄したんだ」
……え?
「でも、彼女本人はそんなこと何も…
それが本当ならどうして今日城に来てるんですか」
「諦める代わりに信長様と一日過ごしたいんだってさ。ま、最後の思い出作りってとこじゃない?
破談になった事をあんたに言わなかったのは、混乱させる為にわざと伏せてたんだろうね。嫌な女」
「そんな…」
もしかして…いや、きっと信長様が話したかったことってそれだ。
事前に私へ伝えようとしてたみたいだけど、伊万里さんが予定より早く現れて…
結果、こうしてこじれてしまった。
私が耳を貸さなかったばかりに。
「信長様はちゃんと説明しようとしてくれたのに…
私、たくさん酷いこと…」
自分は本当に大馬鹿だ。
目頭が熱くなって、一度引いた涙がまた溢れてきて……
泣きじゃくる私が落ち着くまで、家康さんはただ黙ってそばにいてくれた。
ーーー・・・
「そろそろ泣きやんだ?」
「…はい。ありがとうございます、家康さん」
「別に有り難がられるようなことしてないから。とっとと信長様のところへ行ってきなよ。
…あとさ、その家康“さん”ってよそよそしい呼び方いい加減やめてくれる?何度も言ってるでしょ」
「はい。…ふふっ」
とっつきにくい物言いから滲み出る優しさが伝わってきて、やっと少し笑えた。
深々と頭を下げ、いざ部屋を離れようとした時……
「あ、そうだ。これーーー」