第1章 天下人の女 【織田信長】 《R18》
シン…と、束の間の静寂ーーー
その後、どう返事をしていいのか分からず
浅く会釈をしてその場を離れた。
背後から足音が追ってきたけれど、
持っていた膳を広間に運び終えたと同時に逃げるように廊下を走る。
何も聞きたくない、
話したくない。
とにかく一人きりになりたい、と
自室を目指す。
だが……
辿り着いた襖の前では、先回りしたのであろう彼が既に立ちはだかっていた。
「逃げ切れると思ったか?俺は城内の如何なる抜け道も熟知している」
「…っ、どいてください」
「断る。まずは俺の話を聞け」
「聞きたくありません!」
ここまで大きな声を出したのはいつ振りだろうかと思うくらい、お腹の底から湧き上がって。
沸々と淀んだ感情が押し寄せてくる。
「おかしいと思うべきでした、あなたほどの方が私なんかを選ぶなんて。
私の勘違いだったということですね。
“女になれ”というのは遊び相手になれという意味だったんでしょう。よーく分かりました」
「茅乃、聞け」
「はっきり言っておきますけど遊びの関係なんてまっぴらですから。
あなたにとっては暇潰しのひとつかもしれないけど私はそれに付き合える余裕はありません。だからお断りさせて頂きます」
「茅乃、」
「いいですよね信長様は。権力も富も名声も恵まれた容姿もなにもかも手に入れてて……
そんなあなたに釣り合うはずがないですもんね、私なんかが」
感情の勢いに任せてまくし立てたせいか呼吸が荒くなって、興奮収まらぬ身体が震えてる。
そのまま逸らした目を戻せずにいると……
頭上から、深い溜め息が聞こえてきて。
「今宵は何を言っても取り付く島が無さそうだな。日を改める。
……以前俺が告げた想いに嘘偽りは無い。
だが……
“私なんか”と己を蔑む貴様とは会話する気にもなれん」
そう言い残した信長様は、着流しを翻して遠ざかっていき……
その後ろ姿に、私も背を向けた。