第1章 天下人の女 【織田信長】 《R18》
「ーーーで、その返事が
“まずはお友達から”……って……
はははっ、奥手にも程があるぞ茅乃」
「い…今の私には精一杯の答えだったんですっ」
御殿の厨にて。
食材を切り分けていた政宗さんが高らかに笑い声を上げる。
ーーー先日、信長様から直々に想いを告げられた私は。
嬉しいけれど心の準備が追いつかなくて、つい焦らすような返事をしてしまった。
いきなり武将の姫、だなんて
流石に身構えするし、もう少しお互いのことを知ってからでも遅くはないんじゃないかと思ったから。
「へーえ。とりあえず“今のところ”は“お友達”ってことか」
「はい、一応……。信長様にもちょっと笑われちゃいましたけどね」
「ふ、幸せそうでなにより。
ーーーさて、じゃあさっそく煮炊きの準備始めるか。信長様はな、どっちかっつうと濃いめの味を好むから……」
料理を教えてほしいとの申し出を快く引き受けてくれた政宗さんに習い、手順や味付けなどを学ぶ。
あの人のことをもっと知りたい。
あの人にもっと近づきたい。
もっと気に入られたい。
その一心で、料理だけではなく
侍女からお茶の淹れ方やお裁縫を教えてもらったり、化粧の練習に励んでみたりと以前よりも更に活動的になっていった。
いわゆる女磨き、というやつだ。
好きな人の為に頑張るーーーそれは久々の感覚で、かつてない充実感に満ちていた。
……が。
順調な毎日が続いていたある日の夕刻前。
「そういえば、話しておかなければならないことがあるってこないだ言ってたっけ……
なんだろう?後で天主を訪ねてみよう」
数日前に一緒に茶の湯を嗜んだ際、信長様がちらりと口にしたその言葉が気になっていた私は。
独り言を漏らしながら、夕餉作りを手伝おうと厨に向かっていた。
すると、炊事を担う女中達が忙しなく右往左往していて……
「どうかしたんですか?」
「先程お客様がいらしたようです。宴会の支度をしなくてはならないので……」
「お客様……?」
恋に浮かれ過ぎていて予想すらしてなかったんだ。
不安をもたらす存在が、安土へやってくるなんて。