第1章 天下人の女 【織田信長】 《R18》
着いた先は、茶屋。
赤い布が敷かれた長椅子の脇には上品な和傘が立ててあり、静かで落ち着いた雰囲気が漂っているところだ。
上ち昇る温かい湯気をぼんやりと見つめる私の隣からは、時折お茶を啜る音がする。
席に腰掛けて以降、信長様はずっと黙ったまま。
こちらが話を切り出すまで待っているかのように。
「あ、の…」
「なんだ」
「どうして私なんかに良くして下さるんですか?」
「……」
「分からないんです。信長様ほどの方がどうして私なんかを構うのかが……
こんな平凡な女連れて歩いたって何も得が無いじゃないですか」
不思議で仕方がない。
綺麗な女の人はいくらだっているのに、
なんで私なんかを傍に置いておこうとするんだろう。
全然意図が分からない…どう見ても不相応だよ。
「俺の価値観を、何故貴様が知ったように語る?得が無いと決めつける?」
「それは、一般論として…」
「つまらん事を抜かすな。己の後ろ向きな考え方を一般論とやらになすりつけているだけだろう」
淡々と論じ、
またひと口茶を啜る。
「…そうかもしれません。私はいつも後ろ向きで、弱い人間ですから」
核心を突かれたような気がした。
自分に自信が無くて、怖くて、少しでも不安があるとそこからすぐ目を逸らす。
逃げたって何も解決しないのに。
立ち向かう勇気すら持ち合わせてないんだ。
「また決めつけか」
「……え?」
「貴様は確かに内向的な性分だが、脆くはない。
ーーーあの時…
本能寺での出来事を覚えているか」