第6章 待って待って待ち焦がれる恋
あの人が、帰ってくる。
長い長い3年の留学を終えて、明日の15時成田着の便で。
イタリアに本場のエスプレッソ飲みに行きたい!コーヒー留学する!!なんて、気軽に飛び立ってしまったのは3年前。
ちょこちょこ来るエアメールに同封されている元気そうな彼女の写真を見ては、伝えられやんかった思いを後悔したりする毎日で。
*
高校卒業して、進学組にも就職組にもあぶれて。とりあえず働かな!と5年前に始めたコーヒー屋のバイトで、俺を指導してくれた先輩が八子さんやった。
1個上の19歳。バイト歴2年ながらも物覚えの良さと勘の良さで、コーヒーのスペシャリストと言われるブラックエプロンを着けとった。
「よこやま、抽出温度低い!」
「よこやま、タンプ圧ばらばら!」
「よこやま、豆挽いて!」
始めて間もないうちから専門用語バンバン使われて、暇ができれば やれテーブル拭いてこい だの ストロー補充せぇ だの、美人とちゃうかったらバイト1日でやめたるわってくらいのスパルタぶりを発揮してくれた八子さん。
時間外の練習ができるくらい時間もあったし、八子さんの指導のうまさもあって、俺も2年経つ頃には、八子さんを唸らせるようなエスプレッソを淹れられるようになった。
まだまだブラックエプロンには程遠かったけど、やりがいのあるバイトやったし、ゆくゆくは社員にならへんかって話もあったから、ここで働けて良かったな なんて柄にもないことを思ったりもしとった。
「よこ、もう私がいなくても大丈夫だね」
なんて言葉を聞くまでは。
「へ⋯な、なにゆーてんの八子さん、辞めんの?店⋯」
「んーん、辞めないよ。よこも立派に育ったことだし、私ももうそろそろ現状で満足もできなくなってきたしねー」
籍は置いてもらって、留学するつもり!!
なにそれ。なんなん急に。
そんな大事なこと、無邪気に言わんといて。
と思ったところで、やっと気づいた。
おれ、八子さんにどんな感情持ってる?
ただの先輩とちゃうやん。仕事仲間とちゃうやん。おらんくなりそうになったらヘコむって、好きな女に対する感情やん。
「よこ、やり直し!おいしくない!」
自分にも他人にも厳しい人。
「頑張ったね。スコーンおごったげる」
頑張りを、しっかり認めてくれる人。