第31章 【過去】早朝バス(跡部)
跡部は心地の良い気持ちで、目が覚めた。
ゆったりと起き上がり、カーテンを僅かに開ければ、まだ灰色がかった空が、日が昇ったばかりだということを教えていた。
いつもと同じように、自家用車で通学するのは少し勿体ないように思う。
幸い、今日はテニスの朝練も無い。
たまには民間交通機関を使ってみようか。
そうだ、あの遠回りするバスなんてどうだ。
朝の支度を終え、執事のミカエルに相談すると、ここからでは最寄りのバス停が遠いらしく、そこまで送ると言われた。
歩きたい気もしたが、仕方ない。
自家用車から停留所の手前で下ろしてもらうと、直ぐにバスが来た。
教えてもらった通り、入り口にあるタッチパネルにカードをかざして乗車する。
早朝ということもあり、車内の人はまばらだった。
1番後ろの長く繋がった座席、乗り心地が良さそうだ。
窓際の端には、我が校の制服を着た女子生徒が座っていた。
ボーッと窓の外を眺めていて、こちらに気が付いていない。
この間のスポーツ大会で、萩之介を走りで負かしていたな。
確か、名前は…
跡部「和栗さん」
めいこ「っうぇっ?!」
不意を突かれたのか、素っ頓狂な声を上げてこちらを見てきた。
跡部「おはよう」
めいこ「お、おはようございます」
俺が学内有名人とはいえ、ほとんど面識の無い人から名前を呼ばれたからだろう。
彼女は困惑した顔のまま挨拶をすると、また直ぐに窓へと視線を移した。
その、ごく普通の接し方に驚いた。
今までの女子生徒は、挨拶をしただけで誰でも分かるくらい、惚けた顔をしていたのだ。
ただの先輩として見てくれていることに、嬉しい気持ちが湧いてきた。
跡部は隣に座ることにした。
跡部「いつも、この時間なのか?」
めいこ「いえ、今日はちょっと急いでて」
跡部「へぇ?」
彼女はぎこちなく、恥ずかしそうに笑った。
学校に置いてきてしまった、1限目提出の宿題をやるために早朝登校したことは、跡部は知る由もない。
それ以降お互い特に何も喋らず、バスに揺られていると、程なくして彼女の目が瞑り、ゆらゆらと船を漕ぎ出した。
跡部は、ククっと笑いをかみ殺す。