第38章 一発、ドーンと
「まさか本当に花子が男を殴る日が来るとは思わなかったよ。」
私の右手首を少し強めに掴み、ビンタを阻止したのは他でもない鉄平さんだった。
『・・・鉄平さん、』
「止めんなよ、マジで叩かれてみようかなって思ってたのに。」
「それはすまん。だが花子にそんなことはさせたくないんだ。・・・久しぶりだな、花宮。」
「会えて死ぬほど嬉しいよ。」
ニヤリと冷たく笑う花宮に背中がゾクリと震える。鉄平さんは掴んでいた腕を離し、私と花宮の間に入った。
「秀徳戦わざと出てなかったな?」
「うん、悪い?」
「良いか悪いかは知らん。・・・ただ好かん。」
鉄平さんが少し語気を強めると、花宮は馬鹿らしいと思ったのか鼻で笑った。それに便乗するかのように花宮の隣に座っている松野先輩も笑う。
「何この人。真面目過ぎて笑っちゃうんですけど、」
「フッ、どいつもこいつもイイコちゃんばっかりで笑っちゃうよ。オレたちは、目先の1勝なんてどーでもいいんだよ。だって残り2つは勝手にオマエら誠凛が負けるからな。」
「どういうことだ?」
「おーっと言い過ぎたな。・・・行こーぜ、松野。」
松野先輩と花宮はそのままどこかへと消えて行った。一気に緊迫した空気から解放された私は、1つため息を吐いた。
「花子、花宮に何かされていないか?」
『私は大丈夫です。何もされてないです。』
「ったく、オマエな。オレが来なくて、あのまま殴って逆上されたらどうするつもりだ?」
『・・・ごめんなさい。』
むっと怒った顔をした鉄平さんが私の片方の頬を引張る。もちろん私のことを心配して怒ってくれていることは分かっている。
分かっているが、やっぱりあの男を私は許したくない。
そしてこのボケたフリが得意な木吉鉄平もまた、そんな私の気持ちを分かっているのだ。だから頬から手を離したあと、その手は私の頭の上でポンポンと優しく動いた。