第32章 知らないフリをしよう
「待て、緑間。」
イラついている顔がこちらを向く。
「知らないフリをしよう。」
「赤司、本気で言ってるのか?」
花子が何故オレたちに言わなかったのか。
隠されていることを言わず、忘れたと言い続けた理由は分からないが、オレたちが思っているほど花子は傷ついていないのかもしれない。
「これは花子の問題だ。花子がオレたちに相談してくるまで、何も気付いてないフリをするんだ。」
「・・・・・っ」
「花子がまた“忘れた”と言うのなら、しっかりしろよ、とだけ言ってTシャツを貸してやろう。」
「・・・・・。」
「だからって指を咥えて見てるわけにもいかない。それとなく、花子にバレないようにもう少し周りをよく観察しよう。」
「分かった。」
何か分かったら都度報告し合おう、オレたちの話し合いが終わると同時に昼休み終了5分前のチャイムが鳴り響いた。
緑間と別れ教室に戻れば、隣の席の宮古さんが英語の教科書を忘れたらしく机を合わせて授業を受ける準備をした。
「ありがとう、赤司くん。」
彼女がオレのことを好いているのはもちろん気付いていた。
・・・もしかしたら宮古さんが?
いや、確信もないのに疑うのはよくないか。
ふと、彼女を見ると教科書に彼女が何かを書き出した。
“赤司くんって付き合ってる人とかいる?”
“いないよ”
筆談で会話をする。
英語の先生はそんなオレたちに気付くことなく、板書をすすめる。
“好きな人はいる?”
好きな人。
そう聞かれて思い浮かんだのは、やはり花子だった。
・・・でもここでいるなんて答えたら?花子が好きだとバレてしまったら?
女の嫉妬は想像しただけで怖い。
“いないよ。それに今はバスケが恋人みたいなものだから、誰かと付き合ったりすることもないかな。”
結局オレは無難な答えを並べた。
彼女がそれで納得してくれたかどうかは分からないが、この授業中それ以降筆談はされなかった。
そして授業が終わると彼女は足早に部活へと向かった。
(『赤司ー!』)
(「なんだ?」)
(『Tシャツ忘れました。』)
(「しっかりしろよ。」)
(『ごめんね。』)