第9章 ふたりの境界線
「………さっさと起こしてちょーだい」
情けない。
最近何故かやたらと眠れなくて。
こんなときにボーっとして階段踏み外すなんて。
絶対この性悪執事になんかバレたら笑われるに決まってるわ。
「ええ、もちろんです」
「は?ちょっと……っ」
にっこりと笑って。
ハイセが両手を伸ばしたのは腰と、膝裏で。
咄嗟に体を固くするけどそんなのお構いなしに。
ハイセはいとも簡単にあたしを抱き上げた。
「……ハイセ」
「何か問題でも?」
「問題しかないわ。歩けるから。下ろしてちょーだい」
「その足では無理でしょう。本来ならばお嬢様に怪我などさせたとあっては今すぐにでもこのまま病院に行きたいところです。どうされますか、病院へ直行しますか」
「………保健室で」
「皆様避難していて誰も見ていませんよ。ご安心ください」
「………」
誰かに見られるのが嫌なわけじゃ、ないもの。
最近、その、太った、し。
ハイセに重い、なんて思われたくない、し。
だいたいお姫さまだっこなんて、する?
普通。
普通に起こして頂けたらそれで良かったのに。
「………なんで誰もいないのよ」
「まぁ、訓練ですから。先生方も今頃校庭でしょう」
「避難する際に怪我する生徒もいるじゃない」
「あまりいらっしゃらないと思いますよ」
「何がいいたいの、ハイセ」
「堂々とお嬢様に触れられて、お嬢様のトロさに感謝しています」
「……」
笑顔で毎回毎回、ディスるんじゃないわよ。
仮にもあたし、『お嬢様』なんだってば。
「………何してるの?」
空いてる椅子へとあたしを下ろし、なにやら戸棚を物色するハイセに向けたのは。
もちろん不審者へと向ける声色。
「先生がいらっしゃらないので、湿布と包帯をお借りしようかと」
「ハイセが、するの?」
「他に誰がいますか?………脱がしますよ?」
目当てのふたつを手に持ちながら、目の前にかがみこむハイセ。
「『靴』、付けて!!ちゃんと!!ハイセが言うと違う言葉に聞こえるじゃないっ」