第9章 ふたりの境界線
「………何よ」
「……いえ」
いくら取り繕ったって、一瞬見せた驚きの表情、見逃さないんだから。
「何?」
「………具合が、悪そうでしたので」
「え」
「覚えていませんか?熱があったようですぐにお嬢様寝てしまいましたからね」
「……熱?」
「ええ」
「そう………」
熱、か。
「昔から熱があっても無自覚ですからね、お嬢様は」
「わ、悪かったわね」
「悪いと思うならもう少しご自分の体調管理して下さい。自分の体なんですから」
「わかってるわよっ」
「ええ」
結局。
いつもいつもハイセのペースだ。
言いたいことも聞きたいことも。
結局わからずじまい。
「………お嬢様」
「何」
「お体はなんともございませんか」
「ございませんよ。このとーりすこぶる元気」
「それは、良かったです」
「…………」
『お嬢様』。
明らかにあたしの方が上なのに。
なんでかな。
この笑顔には、逆らえない。
結局赤くなってるだろう顔を、ハイセから背けるくらいしか、出来ないんだ。
ほらもうこれで。
この話は終了だ。
結局ハイセのペースに流されちゃう。
こんなのほんとに。
理不尽だ。
ジリリリリ……ジリリリ……
校内中に響く警報器の音。
『家庭科室から出火です。落ち着いて校庭に避難して下さい』
繰り返されるアナウンス。
誤報でも悪戯でもない。
今日は。
避難訓練だ。
「………何悠長にのんびりこんなところに座ってるんですか。灰になりますよ」
「………」
階段を降りた、踊り場。
校庭へと続く渡り廊下が目の前に続く。
だけどそこにはすでに誰一人として姿が見えなくて。
変わりに目の前に立つのは。
「……不法侵入」
確か学校は関係者以外立ち入り禁止のはず。
「学校の許可は取ってあります」
「………」
堂々と許可証を見せる執事に。
心の底から脱力した。