第8章 溺愛執事の事情
「!!」
気付いたのは、先ほどまで響いていた甘ったるい声が泣き声に、変わったころ。
無我夢中で貪った甘い蜜は、彼女の変化を完全に見落とすくらいに美味しくて。
止まらなくて。
だけど。
怖がらせた。
少しずつ、少しずつ進めていくつもりだったのに。
何度も何度も繰り返し聞こえた拒否の言葉。
それすらも耳を通り抜けていたことにさえ、気付けなかった。
「…………ごめん、皇」
「ごめんなさい……っ」
ほぼ同時ともとれるタイミングでの謝罪に、戸惑いつつも皇を伺い見た。
「ごめん、ハイセ。も、いい、から……っ、も、大丈夫」
涙で瞳を真っ赤にしながら、両手で瞳を隠し皇は続ける。
「変なこと、頼んでごめんなさい」
「皇?」
気のせい?
急に態度が……。
よそよそしくなった?
「あたし、ごめん……」
「皇」
「ごめん、ハイセ」
恐怖、じゃない。
なんだ?
これ。
なんで、皇の、この態度は、何?
「皇、何?ごめんて、何?」
「ごめんなさい……っ」
「皇」
顔を隠して謝罪しかしない皇の両手を捉え、瞳を合わせた。
「ハイセ…」
瞬間。
皇の瞳が、揺れて。
違う。
これは、俺に対する、恐怖?
いや、恐怖よりももっと別の。
だけど確実に俺へと向けられたもの。
俺へと向けられた、剥き出しの感情。
「皇、ちゃんと言わなきゃわかんない。俺が怖い?怖がらせた?もうしないから、なんにもしないから。頼むからひとりで泣かないで。ちゃんと教えて。皇、何がごめん?」
「………っ」
「皇」
自分でもびっくりするくらいに、優しく語りかけたつもりで。
泣きじゃくる皇をなんとかなだめたくて。
精一杯逸る気持ちを抑えたつもり、だった。
だけど。
「嫌いに、ならないで……」