第7章 お嬢様の涙
「……お嬢様っ、和泉様っ」
屋敷に着けば。
メイドふたりが血相を変え駆け寄って来て。
無言で口元へと人差し指を立て、小声で指示を出す。
「お湯の用意、お願いします」
「あ、はい……。ただいま」
「旦那様にはこのこと……」
「大丈夫。僕から話します」
そう、言葉にすれば。
彼女たちは狼狽えながら、軽く一礼し走り去って行った。
腕の中でぐったりと瞳を閉じる彼女に一瞬だけ視線を向け。
部屋へと続く階段へと、足を向ける。
起こさないようゆっくり、と。
「…………」
許さない。
絶対、許さない。
確かに眠っているはずの彼女の目元。
拭っても拭っても、涙が止まることはなくて。
カタカタと震える体。
頭からびしょ濡れの、冷えきった体。
震えは寒さだけではないのは明白で。
真っ黒い感情が腹の底から沸き上がってくる。
お湯の準備が整った、と連絡を受け、寝ている彼女を湯船へと抱き抱え入れれば。
目に止まった両腕の、赤黒く変色した痣。
それから。
床やどこかに擦ったような、小さな切り傷。
手足に着いた、打撲痕。
血塊の出来た唇は、薄く腫れ上がっていて。
ボロボロの彼女の体を、深く深く、抱き締めた。
どんな理由があれ、目を離してはいけないのに。
『お嬢様』を守るのが、『執事(俺)』の、仕事なのに。
「……ごめん、皇」
不甲斐ない自分自身が、一番許せない。