第1章 夏雨
「そのまんまだと風邪引いちまうぞ」
「…じゃぁ、お言葉に甘えて。お借りします」
一向にそのタオルを引く気配がなくて
根負けしてしまった。
それでもおずおずとした動作でそのタオルへと手を伸ばす。
何故よりにもよってこんな日にタオルを持っておかなかったのか。
明日からはちゃんと毎日持ってくることにしようと心に誓いつつ
少し時間が経ったとはいえ湿ったままの髪の毛を拭う。
その瞬間にタオルからとてもいい香りが漂って、
(轟くんの匂い…)
なんてことを考えてしまった。
逆の立場ならまだしも
男子に対してそんなことを思うなんて。
軽く自己嫌悪した。
「あの…これ、洗って返します」
「別に構わねぇが…その制服雄英だよな?」
「は、はい…」
「俺は一年だ」
「はい…」
「…お前は?」
「一年、です」
「何で敬語なんだ?」
「な、なんとなく…?」
同い年なことは百も承知なのだけれど
何だかタメ口で喋るのは恐れ多い気がして
勝手に敬語になってしまったのだ。
「…そうか」
「…」
それ以上口にする言葉が見つからなくてまたしても無言になってしまう。
さっきよりも余計に居た堪れなくなっている気がして
必死に話題を探した。
「ぁ、あの…ヒーロー科ですよね?」
「ああ。お前は…」
「私、サポート科です」
「そうだったのか」
「は…っくしゅん」
違う。今のは決してくしゃみをしたくて言ったのではない。
「はい」と返そうとした言葉は見事に掻き消されてしまった。
「…タオルじゃ寒さは拭えねぇな」
「いや、そんなことは…」
借りた身として申し訳ない気分になってくる。
とはいえ出てしまったものはどうしようもないのだけれど。
「少しなら構わねぇか」
「え?」
独り言の様な呟きだったから、はっきりとは聞き取れなくて
おもむろに左手を上げかと思うと
そこには小さく炎を纏っている。
「炎の"個性"…?」
そういえば彼は半冷半燃というハイブリッド"個性"の持ち主だったのを思い出した。
それを見たのは確か体育祭の時。
あの時はとてつもない爆発を起こしていたけど。
今こうして目の前で見る炎はとても穏やかなものに見えた。
「こうすれば暖まるだろ」
「ありがとう…」
それに見惚れていたからなのか。
一時だけ敬語が抜けていて
その炎のお陰で徐々に身体が温まっていくのを感じた。