第1章 夏雨
少しの間彼の炎にあたっていると湿った服や髪も乾いてきて
肌寒さはすっかり消えていた。
「とても、助かりました」
「おお」
仄かに胸の内側まで暖かくなってる。
遠目から見ていた時は近寄り難い感じだったけど
そうじゃないかもなんて思った。
あの穏やかな炎みたいに。
だから少し気になって、ちらりと視線を向けると
そこにあったのはとても綺麗な横顔で
いつかクラスの誰かが轟くんのことをイケメンだと言っていた。
その時はなんとも思わなかったけれど
こうして至近距離で改めて見ると
見惚れてしまいそうだと思った。
それと同じくらい火傷のような痕があることに
目が惹かれていた。
気にはなるけど、
今しがた初めて言葉を交わしたばかりの相手に
そんなこと聞けるわけもなくて…
「どうかしたか?」
物思いに耽っていたからか
視線をずっと隣の彼に向けていたことを忘れていて
ふいにこちらを向かれて
今、初めて彼の目と私の目が重なった。
その瞳にどきりと心臓が高鳴る。
左右で違う瞳の色。
横顔だけでも綺麗だと思っていたけど、
左右で印象の違うそれはもっと綺麗に見えて
何かが囚われてしまったような感覚を覚えた。
「あ、いえ…何でも、ないです」
ゆっくりと目線を外したけれど
さっきの名残からなのか
心臓の高鳴りが止まらない。
「雨、やまねぇな…」
「そうですね…」
何でだろう。
ここに来た時は早く止んで欲しかったのに。
今はまだもう少しだけ降り続けてほしいと思ってしまっている。
もう少しだけ。
彼と2人、ここで雨に閉じ込められていたいと。
「名前…」
「名前?」
「まだ聞いてなかったよな」
「あ、です」
「…」
何故この時、
私は下の名前だけを口にしたのかわからないけれど
あの耳に残る低音が私の名前を口にした瞬間に
心臓が一際高鳴ったのがわかった。
「俺は焦凍だ」
「焦凍…くん」
本当は名前も苗字も知っていたけど
私もさっきの彼に倣って
今教えてもらった下の名前を口にした。
「何でかわかんねぇけど…さっきから鼓動が、早い気がする…」
「私も…何だかドキドキします」
「お互い、変だな」
「そうですね…」
雨はもうすぐ止みそうなのに
高鳴る心臓は止みそうになくて
夏が始まる少し前
私の中で
何かが始まる予感がした。