第1章 夏雨
梅雨明けのニュースがあったのは数日前のこと。
太陽の日差しは日々増して
夏はもうすぐそこまできている。
だから油断していた。
「雨が降るなんて…」
つい先日まで鞄の中には
折り畳み傘を入れていたというのに。
荷物になるしもういらないと思って
家に置き去りにしてきてしまった。
「すぐ止むといいな…」
学校からの帰り道。
家まであと半分といったところで雨に降られて。
咄嗟に入った公園の遊具の中で雨宿りをして。
多少なりとも濡れてしまい少しだけ肌寒さを感じながら
ひたすら雨が止むのを待っていた、その時。
私と同じ様に傘を持たない学生服が
こちらへと駆けてきていた。
(あれは…)
その学生服は自身と同校のもので
違うと言えば肩にある釦の数と位置。
(釦が1つ…)
それは私の通う雄英高校で
最難関と言われる科の証。
(ヒーロー科の…)
そして存在感を持った
紅と白に分かれた髪。
(轟くんだ)
彼は遊具の中に駆け込んできて
こちらの存在に気付くと、
「…邪魔、する」
「ぁ…どうぞ…」
律儀にも声をかけてくれた。
小さく呟かれたその声は
こんなにも近くで聞くのは初めてで
耳に余韻が残るような声色をしている。
そんな彼は鞄からタオルを取り出すと
無造作に濡れた身体を拭い始めた。
(落ち着かない…)
入学当初から何かと話題になってたクラスで
彼自身が推薦入学者でありNo.2ヒーローの息子。
そんな話題性を持った人だったから。
クラスが違っていても
その存在を知らない者は少ない。
とは言え初対面の人と狭い空間に二人きりというのは
何とも居た堪れない空気感があって
無言が更にそれを助長させている気がした。
「へっ、くしゅ」
そんな折に出てしまったくしゃみ。
雨音だけがしていた空間ではとてもよく響いて
羞恥心に拍車をかけた。
「…寒ぃのか?」
「…少し」
まさか再び声を掛けられるとは思っていなくて
少し驚いた。
ヒーロー志望というだけあって
人一倍、他人の様子に敏感なのかもしれない。
「これ、使うか?」
「え…」
差し出された手の中にはさっきとは別のタオル。
「未使用のやつだ」
「あ、いや…大丈夫、です」
それが単純な好意からだとはわかっていても。
初対面の上に異性のものを借りる勇気を
私は持ち合わせていなかった。