第2章 身代わり
「っ…………。」
ひと時の幻から解放された律花は、ゆっくりと起き上がる。
(どうして、あんな夢を………。)
見覚えのない施設に、知らない少年たち。
何もかもわからない筈なのに、どこか懐かしいような夢だった。
「なにかの………始まりの知らせ、なのかな」
知らず呟いた声に、思わず苦笑する。
(きっと気のせいよ、そうに決まってる)
第一、私の名前は律花なんだから。
寝台から降り、身支度を済ませる。
「あの絵を完成させなきゃ………、」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
中庭にて サンドイッチをつまみながら、さらさらと色鉛筆を走らせる。
描くのは、真っ白な猫。
まん丸い瞳に青を載せ、ふさふさとした毛並みを丁寧に表現する。
さぁ………と涼風が吹いて、咲いたばかりのカモミールの芳香を運び
艶やかな黒檀を額にかける。
(もう少し描いたら休憩に………。)
さく、さくり。
草花をかき分け、近づいてくる靴の音をとらえて、彼女はおもてを上げた。
「律花、ここにいたのね。あなたにお客様よ」
祖母はさっと背に隠れていた人影を押しやる。
「姉さん、久しぶり………!」
きゅ、と手をとり笑んだのは、双子の妹。
「本当ね、密花」
温かな手を握りかえす。
二ヶ月ぶりに会う妹は、澄んだ瞳に自分には読めない感情を宿していた。