第1章 朧の記憶
「逃げたいなら、オレがキミを連れ出してあげるよ」
吐息のように告げられるそれに、小さな肩がびくりと震える。
彼の青い瞳には、まやかしなど映っていなくて。
「エルド、本気なのか」
フェガも灰色の瞳をみはった。
「フェガだって、ここから逃げたいって言ってただろ?
ここにいたって、死ぬまで『実験品』として扱われるだけだよ」
海色の瞳が、まっすぐに彼女に向けられる。
「アリス、三人でここを出よう?
ここを追い出されたアレスとウィンだって、きっとまだ生きてるから」
真摯な瞳に吐息を封じた。
(でも、わたしは………。)
この施設から消えたなら、大人たちは血眼で自分を追うだろう。
そして見つかれば、決まりに背いた咎で殺されてしまうのだ。
「わたしは、アリスなんだ。
その役目を終えないうちに逃げるのは卑怯だよ」
リビーなら言ったであろうことを、ゆっくりと声に載せる。
「たとえ殺されてしまうとしても逃げない。
いつかここを出られる日まで、あなた達といたいの」
そう言い切ったときのふたりのおもてを、今でも覚えている。
ひどく驚いたような顔で、そのおもてを見つめて。
けれど、しばらくしてふっと微笑った。
「良かった、キミならそう言うと思ってた」
エルドが呟く。
「おまえがいなくなると俺達も寂しいから」
灰色の瞳がほっとしたように和む。
「じ………じゃあ、なんどさっきあんなこと言ったの、」
言ってることがめちゃくちゃだよ、と 怒ったような声で言う。
おまえが泣くのが、嫌だから。
彼らはそう言った。
「なぜだろうな。俺達は、おまえに微笑っていてほしいんだよ」
年上の少年たちは言った。
胸が軋むほど優しい声で。
胸を温かなものが満たし、涙があふれた。
自分を必要としてくれているひとがまだいてくれる。
その事実が嬉しくてたまらなかった。
「………ありがとう」
ふわりと微笑ったおもてに、ふたりの胸も温まる。
その時から、妹のような存在だった彼女が 彼らのすべてとなった。