第1章 朧の記憶
恋花市の管轄下にあるとある施設。
その裏庭で、十をすぎたばかりの少女が蹲り泣いていた。
「こんなところにいたのか、アリス」
声をかけると、黒檀をなびかせ ふり返る。
わずかに強張ったおもては、強いて笑みを作っていた。
「フェガ、エルド………。どうしてここに………、 」
「それは此方の台詞だ。おまえこそ、なぜ泣いているんだ」
フェガの灰色の瞳が彼女だけを映す。
「なにが遭ったの………?」
エルドの海色の双眸は、案じるような色を宿していた。
「リビーがね、死んだんだ………。」
声に載せたとたん、ぽろぽろと雫が、頬を頤を伝う。
彼女と仲の良かった、ここに住まう少女の名だ。
「リビーが………? どうして、」
「わたしが、アリスだから。
リビーやみんなと遊ぶのを禁止されてたのに、
わたしと一緒にいたから………。
だから………わたしのせいなんだ」
かんだ唇が、震えていた。
けれど、ぞんざいに涙をぬぐうと 儚く笑んだ。
「フェガたちも、もうわたしといたら駄目だよ。
わたしは、アマリアが言う通り、疫病神なんだから」
『なかに戻るね』。
そう言って微笑ったおもてがあまりに痛ましくて
エルドは手首をつかんで引き寄せた。
気づいたときには、彼に抱きしめられていた。
華奢だと思っていた彼は
存外に逞しく、その腕のなかは温かだった。