第2章 真夏の邂逅
浮輪片手に、はビーチを歩く。雲ひとつない青空から刺す日差しの所為で、焼けるように熱くなった砂浜の熱が、サンダルの端から指先へと伝わってきた。何処もかしこも熱くて、さっさと海に沈んでしまおうと、砂浜で騒ぐガラの悪い連中を避けて通る。男ばかりでむさ苦しく、出来ればお関わりになりたくない。
高級宿のプライベートビーチだと云うのに、其の連中が来てからは随分と様相を変えた。一般客はあっと云う間に居なくなり、散見されていた我が社の職員たちも、気付けば姿を消していた。社の指定保養地である此の高級宿は何時だって人気があり、執行役員たちも挙って宿泊していたものだが、今や見る影もない。
茹だるような熱さの中で砂を踏みしめながら、額から顎筋へと汗が流れるのを感じていると、不意に手首を掴まれる。予期せぬ衝撃に、体制を崩しながら振り返ると、件のガラの悪い連中のひとりが、不快な笑い方で此方を見ていた。
「お姉さん、ひとり?」
反射的に、否定の言葉を塞ぐ。如何見ても同行者など見当たらないのに、其の男のを見る目が厭らしくて、一刻も早く此の場を離れたかった。水着から溢れる胸の谷間の切り替えから、紐のラインを舐めるように見られ、苛立ちながら嘘っぱちを並べてお断り申し上げるも、其の男は折れずに、の手首を捉えた侭離そうとはしない。
云い合いが堂々巡りになってきた頃に、痺れを切らした男が強引にを引き寄せる。抵抗しようと腰を落とすも、砂浜の上でサンダルがざりざりと音を立てて滑る。此れだから男は嫌だ。ひとつも話をきいて呉れない。
「おい、止めろ」
何処から聞こえたのか、一際ドスの利いた声で、目の前の男はぴたりと固まる。まるでモーセが海を割るように人集りが分断し、中央に、其の声の主が立っていた。周囲の男たちよりふた回り程も小柄なのに、甚だしく威圧的で重苦しい。ついでに物凄く目付きが悪い。
「手ェ、離せ」
まるで操り人形のように、男は声に従い、の手は解放された。物凄い目付きで此方を見る声の主に、ひとつ会釈をし、は小走りで其の場を離れた。