第1章 夜暁
「………………もう、明日か」
「うん」
重く呟かれたその言葉が。
張り裂けそうなくらいに重くのし掛かる。
「結婚、おめでとう、花」
「…………………うん」
腕に閉じ込めたままで、頭上から聞こえた彼の声に。
小さく、ほんとに小さく頷いた。
『ありがとう』、は。
たぶん私、一生言えない。
これが。
最後。
決めたんだ。
しーちゃんよりも、彼を旦那に選んだ時に。
不毛な恋愛とバイバイして、幸せになろうって。
しーちゃんと、ちゃんと終わりにしようって。
………………決めたんだ。
だから。
泣かない。
笑ってバイバイ、するの。
「バイバイ、しーちゃん」
「……………おやすみ、花」
玄関を彼が出たすぐあとに、ベランダに駆け寄った私を、一度も振り向くことなく。
しーちゃんは車にすぐに乗り込んだ。
もう癖になってるくらいに。
見上げた夜空にはやっぱり月が出ていて。
「……………下弦の月だ」
上弦の月とちがって夜空を明るく照らす月。
満点の星空。
今日の夜暁は、間違いなく暁月夜、だ。
『結婚しような?』
遠い遠い過去のあの日、闇夜に浮かぶ満月を証人にしたあの約束。
毎夜毎夜姿を変えてしまう不確かな月を証人としたその不確かな約束は、結局守られることはない。
わかってる。
わかってる、からこそ。
涙が止まらなかった。