
第1章 復讐者、運命の乙女と出会う

何もかもが忌々しかった。俺を否定する父親とそれを妄信するだけの母親。同級生に属することも気分が悪い盛りの付いた猿共とそれに迎合するしかない無能な教師共。反吐が出る程に腐った世の中で、けれども本当に腹立たしいのは底辺にいる俺自身だ。
今日も心身の健全性の関係などと言う非科学的なことをほざく体育会系の牝猿共に嬲られて、体を痣まみれにして此処にいる。考えに考えた末、俺は自分自身の個性で復讐することにした。医者である父親からくすねた注射器を満たす、約300mlの液体。部活の奴等が使うスポーツドリンク用の水筒に入れてやれば、俺の復讐は完成する。
採取から時間の経っていない体液は色水のように作り物じみていた。注射針から落とした赤色が、水筒の中身を濁らせていく。興奮からか眩暈さえ覚えながら、俺は注射器を鞄にしまいこみ、水筒を部の冷蔵庫に戻そうとした。
瞬間、天使みたいな軽やかさで窓枠に腰掛けた彼女は、間違いなく運命の乙女(ファム・ファタル)だった。
「不法侵入でごめんなさい。そのスポドリ、分けて頂きたいのです」
俺と変わらない年恰好の見慣れない制服の女の子が、いつのまにか窓枠に座っていた。彼女はふわり軽やかに、何処か頼りなげな足取りで、俺の前へ歩み寄った。金色の彼岸花みたいな二つ結びの髪が、緩やかな風に揺れた。オーバーサイズのカーディガンから覗く指先を、彼女は俺に向ける。
「喉が渇いたけれど、お金がなくて。個人行動中なので、弔君達にお借りするのも申し訳なく」
だったら水飲み場があったのでは、と尋ねかけて、彼女が「不法侵入」と言ったことを思い出した。同じ年頃とはいえ、他校の部室へ密かに侵入してくるような子だ。きっと、生徒達が大勢いる水飲み場になど居られないのだろう。黙り込む俺へ不思議そうに首を傾げつつ、彼女は俺の手から水筒を引き抜いた。
「では、頂きます」
見知らぬ女の子に己の悪事の一片を見られた異常事態に、俺は一瞬の判断を間違えてしまった。慌てて女の子から水筒を取り者そうとするも、彼女は既に一口目で喉を潤し、ぷぱぁと可愛らしく吐息を零していた。
「濃いめで贅沢な美味しさです、ありが……?」
血の味、と、目の前の女の子が呟く。全身の血が凍るような思いがするより早く、彼女が倒れ込む。
意識を失った彼女を抱き抱え、保健室へと走る俺は、こうして彼女に最低最悪の出会いを与えてしまったのだ。
