第2章 あなたの右側【エルヴィン】
「エルヴィン。昨日チラッと聞こえちゃったんだけどね?」
「何だ?」
「 "囮に使え" って、どういうこと?」
「盗み聞きしたんだな?」
クスッと笑うエルヴィンにため息が出る。
確かに盗み聞きはした。
だってリヴァイが無理矢理エルヴィンと二人きりになるなんて、何事かと思うじゃない?
「囮にしろって言ったかと思えば夢も叶えたいとか。我儘なの?情緒不安定なの?」
「どっちも、だろうな。そうカリカリするな」
「カリカリするよ。何度エルヴィンとの別れを覚悟したと思うの?」
巨人には右腕を食われるし、人間には処刑されそうになるし。
心臓がいくつあっても足りないくらい、エルヴィンには振り回されてきたんだから。
「それに関してはすまないと思っているよ。紅茶でも淹れてやるから機嫌を直してくれ」
茶葉を適量ポットに移し、既に準備してあった熱湯を注ぐエルヴィン。
十分に蒸らしたあと、茶こしを使ってもうひとつのティーポットへ紅茶を注いで…
「左手の使い方、上手くなったね」
「そうだな。だいぶ慣れた」
「右腕を失くした頃は、よく物を落としてたのに。それにミミズが這ったような文字しか書けなかったし」
「利き手を失ったからな。イレーネには随分世話をしてもらった」
「そうね、お世話しました」
あの時の衝撃は今でも忘れない。
疲労した顔に、無精髭。
横たわるあなたの右側に本来あるはずのものがないと気づいたとき。
涙が止まらなかった。
夢は…どうなるの……?
命を落とすことや身体の一部が欠損してしまうことは、調査兵団の兵士ならば覚悟の上。
ところが自分の愛した人にそれが降り掛かった途端、その覚悟がいかに脆弱だったかを思い知る。
エルヴィンが目を覚ます前に、慌てて部屋の外へ出た。
泣き顔を見られてはいけない。
仲間を鼓舞して突き進んだエルヴィンに後悔はないはず。
でも私の泣き顔を見たら、僅かな後悔に変わってしまうかもしれない。
大丈夫、エルヴィンには知恵がある。
経験もある。
決断力もある。
統率力もある。
これからも十分前線で戦える。
片腕を失くそうとも、夢を諦める理由にはならない。
大丈夫、大丈夫だよ。
あなたの夢を叶えるためなら、私が何でもしてあげるから…。
薄暗い病室の外で、あの日の私は誓った。