第1章 この身朽ちても【クルーガー】
身勝手な俺を許してくれ、イレーネ。
まだ小さく、修復に時間などかからないであろうイレーネの傷口を、開く行為。
腕の中のイレーネを強く抱きしめ、深く口づけた。
甘く美しく、そして哀しいこのひとときは、俺の人生の中で最大の贅沢。
明日、命を終える時。
その瞬間まで、イレーネを身に焼きつけていたいから―――。
「行ってらっしゃい、エレン」
いつも店をあとにする時のような、イレーネとのやり取り。
その笑顔がほんの少し憂いを帯びていることには、気づかない振りをする。
「ああ、行ってくる」
恐らく俺は、普段通りの顔を作れているはずだ。
人間らしい感情は、店の中に置いてきた。
イレーネ、お前を忘れない。
これは本当だ。
この身が朽ちても、力が継承され続ける限り、その先で俺は生き続ける。
俺が愛した最初で最後の女。
どうか、幸せであれ。
言えなかった想いを胸に抱き、いざ、楽園へ―――。
【 end 】