第3章 100年に一度の贈りもの【モブリット】
消灯時間を過ぎ、静寂と闇が落ちた兵舎の中。
廊下に均一に並ぶランプの灯火を横目に、彼女の部屋へ向かう。
こんな夜更けに、女の部屋を訪れようとしているこの状況。
強く断言するが、決して色気のある事態ではない。というよりは、日常茶飯事だ。
我が上司の並々ならぬ巨人への探究心の余波が、彼女をこんな深夜まで仕事に追い込んでいる。
彼女も彼女だ。
第四分隊の隊員ではないし、彼女も班長を勤めているため抱えている仕事は他に山ほどあるはず。
それなのに、押しに弱いと言うか、お人好しと言うか……。
ハンジさんの頼みを断りきれずに余計な仕事を抱えてしまう。
まあ確かにハンジさんの気持ちもわからなくはない。
イレーネさんの仕事ぶりは実に丁寧なのだ。
書類一枚にしても筆は綺麗で、難解な箇所があれば絵にしてみたり、数字を図式化したものも添えてくれる。誰が頼んだわけでもないのに。
調査兵団に入団した当初、陣形や陽動作戦の技術などは指導係であるイレーネさんに叩き込まれた。
要は、情報の要約と人に教える能力に長けている。
そんな有能なイレーネさんだが、要領はあまり良くはない。
ハンジさんに目をつけられてしまったがために、睡眠時間を削る羽目になる。
そこで、俺の出番だ。
お人好しの先輩を放っておくことなどできず、度々こうして部屋を訪れ仕事を手伝う。
"イレーネさんに会いたいから" という下心などない……と言い切れないのが、情けない話。
ようやくその扉の前に辿り着く。
控えめにノックすれば、すぐに部屋の主が顔を出した。
「モブリットォ…!待ってたよー!」
助けが来たとでも言うように、彼女の両手は俺の体をギュッとハグする。
こういうことを平気でするんだよなぁ…この人は…。
想い人にこんな風に触れられて胸がざわつかない男がいるだろうか?いや、いない。