第1章 西谷夕
夜の闇と自然の音、隣の熱い視線が忘れ去ろうとしていた古傷に語り掛ける気がして無理に明るく答えた。
「いや、違うと思う。勘だけどよ」
「何それ。そんな根拠がない説明じゃ分からないよ」
胸の痛みが徐々に上がっていき、鼻の痛みへと変わった。笑顔で言い返そうにも視界が霞んで言葉が詰まる。
今ここで何かを言っても結局は胸の痛みが取れないから飲み込んだ。言葉と一緒に我慢の雫もこぼれ落ちそうだったから。
「何か辛い事思い出させたなら悪かった」
どんなバツの悪い顔をしているのか見たくなくて、敢えて見ないように空を見上げながら言った。
「西谷君ていつも真っすぐだよね。強いよ」
やっと出た言葉は偶然通った車の音に被さった。
どうか声の震えが車の振動と重なっていますように。
「俺は俺だからな。それにチームメイトの背中を護るのは俺の仕事だからな。お前もその中に入ってるぜ」
威勢の良さと大声でチームを鼓舞する逞しさ、いつも感心している。
その言葉がマネージャーの私にも向けられた嬉しさで、逸らしていた視線を合わせた。真っすぐな自信に溢れる瞳に鎧が剥がされる。
「お前の良さ、きっと誰より知っているぜ。ちょっとは素直に生きてもいいだろ?」
握られた手から熱がこみ上げて、夏の暑さのせいだけではない汗が噴き出た。
離そうとする手は引き寄せられた。
「いつも遠慮してんだよ。距離、縮めろよ」
我慢は雫となって笑顔の光の中に流れていた。
ー終わりー