第5章 降り止まない雨はない
❀❀❀ 太郎太刀 side ❀❀❀
次「あんなに慌てなくてもいいってのに、ホントあの主は娘だねぇ」
足急いで部屋を出て行った主の後ろ姿を見て、次郎がカラカラと大きく笑う。
「次郎、何度も言って来、」
次「あー、はいはい分かってるよ。兄貴の説教は帰ってからちゃーんと聞くからさ。だから今は身支度をさせておくれよ。じゃないと長谷部がまた口煩くなってまったく面倒だからね」
皮肉な薄笑いを見せながら着替えを続けようとする次郎の腕を掴み、それを止める。
「待ちなさい次郎、お前に話がある」
次「今はゆっくり話してる時間なんてないってのに、話だなんて」
「時間がない今だからこそ、お前とちゃんと話がしたい」
次郎の言葉尻を途切れさせるように言って、静かに障子を閉めた。
「次郎。お前はきっと、さっき私の事を考えて自分をと名乗り上げた事だろう。その気持ちは有難く受け取っておく。それに私もあの場で名前を呼ばれ戸惑った事も確かだ。これから出向かなければならない場所は私にとって・・・」
あの日、長く苦しい戦いの最中に空から一筋の光と共にあのお方が現れ、その地に足をつけた。
自分も深手を負い、あの長谷部でさえ肩で息をする程の戦いで、せめて援軍でもあればと皆が思った時のことだった。
元より体調を崩しがちであったあのお方が、なぜそんな場所へと降り立ったのか。
そんな疑問を振り払うように、あのお方はそのお力を使って我々の手傷を癒し、勝利へと導いたのだ。
結果、それが主立つ原因のひとつとして床に伏せるようになり、そのまま・・・
次「ちょっと!考え事はいいけど、話ってなにさ?」
脱ぎ掛けの服もそのままに、次郎が私を見る。
「次郎、単刀直入に言う。この出陣、先に主が言った通り私が出向く」
それだけ言うと、次郎は目を見開いて驚いた。
次「けどさっき主は!」
「もう私が心に決めた事だ」
次「心に決めたって、主はアタシに変更だって言ったじゃないか」
それでもいいんだと次郎の言葉を切って、支度を始めるからと戦装束を出して袖を通した。
次「兄貴、アタシはあの子が泣くのは見たくないからね」
「分かっている」
泣かせたりするものかと胸の奥で誓いを立て、支度を手伝うと寄り添う次郎に身を任せ、久方振りの装束に腕を通した。